前回につづき、医師の監修のもと、自身も吃音克服を経験した公認心理師が、吃音とは何かについてまとめてみました。
よろしければご覧ください。
⇒吃音(どもり)について関連する記事はこちらをご参考くださいませ
<作成日2015.10.15/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
5.吃音(どもり)が発生する原因についての仮説の変遷
6.吃音(どもり)は癖か?障害か?
7.正常な身体反応としての吃音
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5.吃音(どもり)が発生する原因についての仮説の変遷
吃音当事者が吃音ハカセになる必要はありませんが、過去になされた仮説の中には興味深い知見も含まれます。吃音(どもり)についてより深く理解するためにここではその代表的な仮説を簡単にまとめてみました。
※ここで「原因」としているのは、「発吃の原因」です。悪化の要因とは異なります。
身体の問題とする仮説
19世紀から20世紀初頭、言葉をうまく発することができないという症状から身体の器質的な異常ではないかということが疑われました。ただ、いろいろと研究してみても、原因となる部位を特定することはできませんでした。例えば、話す機能の問題だからと発話に関連する部位を見ても顕著な異常は見られない。緊張に関連する部分を見ても、顕著ではない、といったような感じです。
吃音で悩む人の発声器官などをいくら検査しても異常は見られません。もし異常があると常に言葉に障害が出るものですから、吃音(どもり)ではなく別の言語障害という括りになってしまいます。
ハードウェアとしての脳や身体に異常を探そうとしても、複雑な吃音(どもり)という現象を説明することについても十分ではなかったということが考えられます。
・大脳半球優位説
そこで、利き手の矯正などが原因となり、左半球と右半球が同じくらい活動して命令が混乱した結果、言葉に異常をきたすという仮説が提唱されました。
(トラヴィスらが提唱したもので、“大脳半球優位説”や“破壊説”とも呼ばれます)脳や身体もハードウェアとして捉えることが行き詰ったので、プログラムの異常、つまりどちらかというとソフトウェア、命令系統の障害としてとらえられないか、という仮説でした。確かに、当時は左利きの人や利き手を強制した人の中に吃音(どもり)が多いとされたので、注目されました。
ただ、これも実際の吃音(どもり)の割合が右利きの人などとも変わらないことがわかり、結局否定されてしまいました。(最近、吃音者は、右半球が過活動を起こしていることが明らかになってきたため、実は先見性があったとも言われています。このように、一度否定された説も時代が経るとともに再び脚光を浴びることがしばしばあります。)
単純に身体的な観点に原因を求めるだけではうまく症状を説明することができませんでした。
※1970年代に日本で出版された「吃音研究ハンドブック」でも吃音(どもり)の定義について「(吃音に関係する機能上の)それとわかる身体的、精神的な異常さがないこと」とされています。以下に紹介する、診断起因説も1940年代ですから、昔から吃音はいわゆる単純な身体障害という観点では捉えらなくなっていたと考えられます。
環境や心理の問題とする仮説
・診断原生理論(診断起因説)
そこで、出てきたのが、フロイトの説を援用した欲求抑圧説やあるいは、予期闘争説といった環境や心理的なものに原因を求めるものです。最も有名なものは、ウェンデル・ジョンソンの診断原生理論(診断起因説)です。
診断原生理論(診断起因説)とは、
「臨床上の吃音は、吃音と診断された時にはじまる」
というものです。
これは、発吃の原因としては認められていませんが、現在でも吃音(どもり)悪化の予防に関して踏まえておくべき重要な説です。周囲の関与がとても影響するからです。
吃音(どもり)は、人から指摘されたり、言葉で失敗した経験を自ら恥じることで本格的に吃音で悩み始めるケースが多い。逆に、いくら言葉が乱れても、環境が良ければ悩みと思わない人もいます。つまり、他者の指摘や自分の判断が“診断”となって吃音を悪化させると考えられるのです。
また、治療する上でも、「ちゃんと話をしなさい」「ゆっくり話をしなさい」といった声掛けが、二次的な診断となって苦しめ続ける事にもなります。ですから、診断原生理論(診断起因説)の考え方は治療する上でもとても大切です。
このように現在においても重要な考えなのですが、診断起因説は吃音(どもり)の発生が親や学校の先生の責任ともなりかねません。そのため、親の関与が否定されるとともに診断起因説は注目されなくなってしまいました。
※自閉症など別の症状でも同様に、母原説から遺伝説へという流れがありました。自閉症が親の育て方のせい(母原説)とされたことへのヒステリックともいえる批判から、子育てのせいだとする考えは自粛されることになりました。その対抗として全て生まれつきということが過度に強調されることになりました。現在では、子育てなど環境の影響も見直されるようになっています。
条件反射のいき値の異常として捉える仮説
もう一つ、日本で函館刑務所の職員で、のちにカウンセラーとなった廣瀬努氏が提唱した、吃音(どもり)は外部からの緊張を原因とする条件反射とする説もありました。口というのは、発声のためだけではなく、動物においては、攻撃のための器官でもあります。そのため、緊張すると発声よりも攻撃や防御を優先とする機能が働くために、発声は抑制されます。心理的なことが原因となって、条件反射のいき値が上がることでどもってしまうという考えです。カウンセリングによっていき値を下げることで治療が可能としています(廣瀬努「どもりは必ず治る―吃音の原因と矯正」(八重岳書房))。
心理的な面、身体的な面においても説明できる範囲は広く、あまり広く知られていませんが、現在でも再度取り上げる価値のある説だと思います。
遺伝に原因を求める仮説
遺伝についての研究が発展する中で、吃音(どもり)についても遺伝の影響が注目されるようになりました。吃音(どもり)で悩む方の家系図を調べたり、一卵性双生児と二卵性双生児を比較したり、ゲノム解析から原因遺伝子を研究したり、さまざまな研究が行われています。その中で、原因となる遺伝子が解明された、といったニュースを目にすることがありますが、まだ途上であるため確定された研究というのはありません。
吃音(どもり)の遺伝形態は、多要因型遺伝モデル(multifactorial genetic model)といわれています。多要因型遺伝モデルとは、病気そのものが遺伝するのではなく、なりやすさや体質が遺伝するという遺伝形態です。生活習慣病や、ガン、アレルギーなども多要因型とされています。
多要因型の場合、関係する遺伝子は「原因遺伝子」ではなく「感受性遺伝子」と呼ばれます。特定の「病気の遺伝子」というものは存在しません。関係する遺伝子それ自体は病気ではない人でも誰もが持っているものですが、多く持つとなりやすい体質になったり、病気になるリスクが高まるというものです。
多要因型は、遺伝的要因があったとしても必ずしも発病にはつながらず、環境要因を左右することで予防できたり改善することができます。吃音(どもり)における遺伝というのは「体質」の遺伝を指しており「吃音そのもの」は遺伝しないとされています。(例えば、ガンでも、ガンそのものは遺伝しません。)仮に吃音(どもり)を持つ近親者と同じ遺伝子を持っていたとしても、発症するかどうかは環境によります。
総合的に捉える仮説
以上を踏まえて、現在では、「原因は一つではなく、幾つもの要素が関連して生じているのではないか」といった総合的な観点が有力です。
吃音(どもり)とは、単一の要因では捉えることはできない、生理的、心理的、社会的なものがあいまった複数要因による症状だと考えられています。吃音(どもり)は、生理的な体質などを背景に、環境や心理的な要因も相まって発症するという説が現在は広く支持されています。(多要因説などが知られています。)
心身症としての吃音もともと、吃音は耳鼻咽喉科や小児科の担当領域として言語障害や行動障害という観点から捉えられることが多く、“心身相関”で捉える観点は薄いものでした。 人間は心と体が互いに影響しあっています。 吃音(どもり)の特殊性ばかりに目を奪われてしまいますが、実はイップスなど精神が影響して身体が思うように動かなくなることは決して珍しくありません。イップスは、ゴルファーやテニスプレーヤーがプレッシャーから自分の動作に意識を向けすぎることで思うように腕などが動かなくなることです。 この際も、もちろん遺伝子や脳の働きを確認すれば何か異なる要素を見つけることができるでしょうが、心理的な影響が大きいことは明らかです。 吃音も同様に身体には明らかな異常がないのに環境や心理が影響して症状が進展します。 心身症として吃音を捉えようとする観点は昔からありました。心身症とは、「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与。器質的ないし機能的障害がみとめられる病態をいう」とされています。 |
6.吃音(どもり)は癖か?障害か?
吃音(どもり)をどのように捉えるのかについては、研究者、当事者でもさまざまです。障害と捉える人もいれば障害ととらえられることに抵抗を示す人もいます。吃音(どもり)は「吃音症」と呼ばれたり「吃音癖」とよばれ癖と認識されたりとさまざまです。吃音(どもり)は、まだ明確な定義もありませんから、どちらが正解で不正解ということはありません。
障害と捉えることで適切な支援を受けることができたり、社会から理解してもらえたり、自分の責任ではないとして吃音(どもり)で悩む人や家族が過剰な自責感から解放されるという面もあります。
一方、解決するためには、環境や心理的なアプローチして話す意欲や自尊心を損なわないようにすることが必要とされますが、誰にでもある癖と捉えることが後押しし、心理的な否定感から抜け出しやすくなる場合もあるかもしれません。
捉え方はさまざまですが、癖と障害の境界(失調、不調)のものというあたりが妥当なようです。境界にあるということはその状態から抜け出すことができる症状だともいえるのです。
厚生労働省の定める分類では「吃音症」として分類されています。米国精神医療学会が定めるDSM-V(精神障害の診断と統計マニュアル)では「小児期発症流暢障害」という名で掲載されています。※これらは行政管理のためや研究を進めやすくするための便宜的なもので、医学的に確定されたものではありません。
7.正常な身体反応としての吃音
基本的に、病気や障害の研究というのは、それ自体を問題、異常としてあつかいます。
一方で、病気や不調の多くは身体の正常な働きであることが多いことは皆様もご存知だと思います。例えば、私たちが熱を出して寝込んだ時、「発熱」はまさに病気の症状とされます。解熱剤で治療しようとします。しかし、「発熱」自体は身体の正常な免疫機能として起こっていることで、下手に熱をおさえてしまうとウイルスに身体がやられてしまいかえって不調が悪化してしまうことがあります。仕事などの都合で一時的に熱を下げる必要がなければ、免疫機能の邪魔をせずにむしろ発熱させたほうが良いという考えもあります。
吃音(どもり)も同様の捉え方ができます。「悪」ではなく正常な反応の結果とも言えるのです。事実、発声練習などでどもりだけを取ろうとすると失敗することが多いのです。
私たちは話すことを当たり前のこととしていますが、複雑な言葉を話すのは動物の中でも人間だけです。何億年もつづく、生命が進化する過程の中でみれば、実は複雑な言語を操ることはごく最近のことなのです。本来動物にとっての口は、食事のため、毛づくろいのため、あるいは攻撃や防御のために用いるためのものです。口は一つの機関に複数の機能があるため、緊張すれば話すこと以外の機能が無意識に先に立ち、発話は後回しにされてしまいます。これが吃音(どもり)というものを生じさせているもう一つの側面ではないかとも考えられるのです。
例えば、吃音者の特徴として自分の発話への過剰な監視/注目があります。自分の発話を過剰に監視していれば緊張の程度が高くなり、どもって当たり前の状況になります。あたかも、結婚式のスピーチを行っているような状態に常に自分を追い込んでいます。そのため、緊張に身体が反応して発話よりも呼吸や防御を優先しようとし、結果としてどもりが生じるのです。
また、別の観点では、人間も含め生物の動きは、良い意味での、“ゆらぎ”や“乱れ”を伴い、有機的に活動しています。人間の発話についても同様で、ある程度の“ゆらぎ”や“乱れ”があるからこそ成立するものといえます。よく観察してみると誰でも言葉が乱れていますし、言いにくい言葉は誰にでもあります。”乱れ”“ゆらぎ”があるからこそ人間らしいと言えます。
木がしなることで衝撃を吸収し、バランスと強度を保っているように人間も“乱れ””ゆらぎ”があるから有機体として存在できるのです。吃音は、発達の過程や環境のストレスで生じる”しなり“ともいえます。私たち人間が持つ悩みに広く共通しますが、その”乱れ”“ゆらぎ”に対して、不適切な規範を当てはめたり、意味づけ、ラベルづけを行うことで”乱れ”“ゆらぎ”は途端に異物となります。
さらに、人間のコミュニケーションというのは非言語も含めて身体全体で行われています。対人環境では、相手の間(ま)や空気を感じ取ろうと無意識に身体が動きます。言葉をおさえる身体の動きは、相手の空気や間(ま)を受け取るために必要な受け身の動作ともいえます。
その身体の動きを「吃音(どもり)」と呼び、否定的に捉え、無理におさえこもうと矢継ぎ早に発話を行うとすることは余計に症状を悪化させてしまいます。吃音を「悩み」として形成させてしまう要因です。
こうした意味を知ることは吃音(どもり)を克服する上では大変重要です。なぜかというと、治療のアプローチが異なってくるからです。異物を除くように吃音に対するのではなく自然体とは何かを知り、本来の姿に戻していこうということができるからです。より自分らしい取り組みを行えるようになります。
吃音とは正常な身体反応の結果であるともいえます。本質的な吃音治療とは異物を取り除くような対立的なアプローチではなく、“調和”をもたらす取り組みであるといえます。
吃音を治療するために
まず、子どもの場合は自然回復の割合も高く(9割近い)、自然回復しないケースでも適切に取り組めば予防することはできます。
一方成人の場合は、まだすべてのケースを完全に治す方法というものは存在しません。しかし、さまざまな試みで進展を防いだり、実際に克服できている方もいらっしゃいます。
詳細は別の記事でまとめていますが、まずは、ご自身のペース、スタイルで取り組みをスタートすることが大切です。
⇒吃音(どもり)について関連する記事はこちらをご参考くださいませ
吃音についてさらにくわしく知るために
最近は、エビデンスを踏まえた良書が出版されています。ぜひ参考になさってください。
菊池良和「吃音のリスクマネジメント」(学苑社)
菊池良和「エビデンスに基づいた吃音支援入門」(学苑社)
菊池良和「吃音のことがよく分かる本」(講談社)
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(参考)
小林宏明・川合紀宗「吃音・流暢性障害のある子どもの理解と支援」(学苑社)
バリー・ギター「吃音の基礎と臨床」(学苑社)
都筑澄夫編著「改訂 吃音 言語聴覚療法シリーズ13」(建帛社)
都筑澄夫「吃音は治せる」(マキノ出版)
都筑澄夫編著「間接法による吃音訓練」(三輪書店)
菊池良和「吃音のリスクマネジメント」(学苑社)
菊池良和「エビデンスに基づいた吃音支援入門」(学苑社)
菊池良和「吃音のことがよく分かる本」(講談社)
マルコム・フレーザー「ことばの自己療法」
飯高京子、若葉陽子、長崎勤編「吃音の診断と指導」(学苑社)
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