医師の監修のもと公認心理師が、<ハラスメント>の対策、あるいは治療のために大切なことを、前回につづきまとめてみました。特に今まさに苦しんでいる多くの人に知っていただきたいと思っています。
よろしければご覧ください。
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「あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か」
<作成日2019.9.22/更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
4.<ハラスメント>から抜け出すための視点
5.<ハラスメント>を見分ける方法
6.まとめ~<ハラスメント>から抜け出す方法
(上)にもどる
[(上)のもくじ]
1.ハラスメントの二重構造
2.<ハラスメント>を招き寄せる愛着障害
3.<ハラスメント>に執着してしまうアンカーとしての“トラウマ”
4.<ハラスメント>から抜け出すための視点
・ハラスメントの人間観
<ハラスメント>というのは、表面的な嫌がらせにどのように対処するのか、ということもありますが、そもそも人間をどう捉えるのか?という根本部分が関係している問題でもあります。
人間というものは生まれた時は野蛮でどうしようもないから、躾や教育で社会化しなければならない、と捉えるのか。
人間というのは、本来固有の人格が備わっていて誰もそれを変えることができない。正しく判断できる基盤をちゃんと持っている、と捉えるのか、によって人に対する対応は全然異なります。
前者は、<ハラスメント>の考えであり、後者はそこから自由になるための視点です。
子どもと接しているとわかりますが、子どもの人格というのは、親や、躾が作っているのではなく、明らかに固有の人格、気質をそなえて生まれてきていることがわかります。親子でも別々の人間ですから、その子にとって何が良いのか正しいのかなどわかりようもない。ただ、大人にできることは、その子が自分の感覚を適切に感じられるようにサポートしてあげることしかない。
しかしながら、基本的に教育や躾というものは前者の考えで作られていることが多い。もちろん、表面的には理想的なことをいう人でも、よくよく詰めていくと、前者の考えが顔を出してきたります。
会社の教育や指導などはまさに前者そのもの。多くの人が、会社や上司が発してくる
「おまえはそもそもおかしい」
「仕事を通じて人間性を高めなければならない」
という闇のメッセージと闘いながら頑張っています。
また、家庭においても、表面的に優しい夫(妻)でも、蓋を開けてみると、自分は相手よりも上であり、妻(夫)は、マナーも身についていない不完全な人格だから自分が正して当然だ、と思っていることも珍しくない。
・常識とはなにか
人間性を高める、正すなどというのは、当人が自発的に思うのであればまだしも、他人が他人に言うことではありません。同じ人間同士なのですから、一方の考えが他方よりあらかじめ上等などということはありえない。たとえ、相手がくらいが上、実績が上であっても、その人の考えが自分に当てはまるのかどうかなど決まってもいない。
常識や規範も、この世で決まっているものは何一つない。国や地域が違えば通用しなくなります。同じ地域の中でも、例えばご飯の食べ方一つとっても決まりがあるようで、明確なものはない。だから、これが決まりだと決めつけると、夫婦でケンカになったりします。
孔子も、
礼儀というのは決まりを知っていることではなく学ぶこと、
相手と調和を取るためにあること、
といっていますが、常識とは、相手の人格を尊重しながら対話をするためのものであるし、対話により作り上げていくものだということです。
・エセ神様化
最初から基準が決まっていて、自分のものが正しくて、従え、という人は単なる<ハラッサー>です。「上司だから」「会社の決まりだから」といって、一方の人間性を矯正するようなことが行われています。「社員をしつける」というようなことをいう会社はとても危ない。パートナーでも「夫(妻)を教育する/しつける」という表現を使う人も危険です。
モラルハラスメントで生じる意識の特徴として、「“エセ神様”化」といいますが、ハラスメントを仕掛ける側が暗に「自分は相手を矯正する資格がある、立場である」という無意識の思いをもち、相手を変えることができる支配的な存在(“エセ神様”)になります。そして、相手はそれを受け入れるべきだ、と考えて、行動を正そうとするのです。
あからさまに「自分は神様だ」などと言っては、おかしいな事になるので、表面的にはそれを隠すようなメッセージ(ダブルバインドの第2のメッセージ)を発します。「自分は親だから。役目で行っている」「上司だから」「おまえの為を思っておこなっている」「世の中の礼儀、常識だから」という理由で覆い隠すのです。
・<ハラスメント>から抜け出すために
<ハラスメント>から抜け出すためには、そのことを糾弾するというよりは、自分がメカニズムに気づき、活かすことが大事です。<ハラスメント>について知ることも、相手を罰するためではなく自分がそのことに気づき、そこから立ち去るためにあります。
私たちも、うっかりすると“エセ神様”になってしまう場合があります。相手の行動にイラッとして、その行動を正そうとする場合がそれです。もし、対話の中で不快を感じても、私たちに許されていることは、自分の感覚を伝えることだけです。その際も相手の人格のせいではなく、ただ自分にとって嫌だ、ということを伝えるだけです。そうして対話をすることしかできません。
<ハラスメント>から自由になるためには【本来の自分】は誰にも変える権利はない、ということを知ることがとても大事です。そうすると、自分から見た自分自身も変える必要がない、変えることはできない尊い存在であることがわかるようになり、相手を尊重するだけではなく、自分自身を完全に肯定して信頼できるようになるのです。
5.<ハラスメント>を見分ける方法
<ハラスメント>というのは巻き込まれている人にとっては見分けることが難しく感じられます。というのも、そのメカニズムがノンバーバルなものも含めた人間のコミュニケーションに潜んでいるからです。しかし、本当は身体は違和感を告げてくれていたりします。
・直感は<ハラスメント>を見抜いている
以前書いた記事にもありますが、ダブルバインドに基づいた構造がわかっていればそれは明らかになります。愛着の土台がしっかりしている人も直感的にわかったりします。
例えば、
会社で厳しい上司がいて、職場で怒鳴り声が響いている。
その時に、
「あの上司は厳しいけど、本当は部下を思って心を鬼にして厳しくしているんだ」
と思うのか、
「なんか、この職場おかしい」
と思うのか。解釈はさまざまです。
実は、後者のほうが認識としては適切で、前者はトラウマを負った人に多い考え方になります。
適切な例ではないかもしれませんが、宗教団体で教祖の振る舞いに疑問を感じても
「何か理由があるに違いない」
と思うのか、
「何か、おかしい」
と思うのか、
にも似た構造だと思います。
相手がどんな権威であっても直感を信じて違和感を見逃さない。土台がしっかりしているほど、その直感はしっかり感じられるし、適切に解釈できる。
・”理不尽さは愛”というファンタジー
トラウマを負った人がどうして前者の考えになりやすいかというと簡単で、それはその人が理不尽な環境を生きてきた(サバイブしてきた)から。完全に乗り越えた人であれば違和感を感じられるのですが、まだその最中でなんとか解釈でやり過ごしている場合は、「(親や周囲の)理不尽な行動は、本当は私のことを愛してくれているからだ」といった、ファンタジーをもっています。
理不尽な存在を嫌悪しながらも愛着を持っていることもあるので、厳しい人についていこうとしたりします。
さらには、多くの人に見られる考え方ですが、
「嫌なことから逃げてはいけない」
と思いこまされていることもある。そのため、まじめな人ほど余計に逃げることができない。
・<ハラスメント>に気づく具体的な方法
<ハラスメント>に気づくことができるかどうかですが、いくつかの方法があります。
一番よい方法は、直感的に接していて罪悪感を感じる、責められているような感じがする場合は<ハラスメント>である可能性が高い、と疑ってみることです。次に、自分がその場にいて、生きづらい、居づらい場合も同様に疑ってみることです。
毎日、何か鉛のような、曇り空を見ているようなどんよりした気分がする、といった場合(うつ病など明らかな気分障害などは除く)も同様です。
そうしたら、<ハラスメント>の構造に当てはめてみて、今起きていることを分析してみてください。もし、その構造が当てはまるようでしたら、あなたは<ハラスメント>状況にある、ということです。
6.まとめ~<ハラスメント>から抜け出す方法
・自分の苦しみの原因は<ハラスメント>だと知ること、気づくこと
生きづらい状況、苦しい状況にある時、一番大事なのは、それが<ハラスメント>によるものだと知ることです。気づくことです。そのためには、まずは何よりも、<ハラスメント>のメカニズムを知る事が大事です。
そうすることで、今の状況が<ハラスメント>に当たるのかを自分で確認できます。何が起きているかがわかりますから、次に打つ対策にもつながっていきます。
・自分には罪はない、問題はないと知る
<ハラスメント>は、相手に罪悪感を植え付けてきます。自分が悪いと思わされます。自分にも非があると思ったまま対策を打つと、どうしても努力して自分を変えようとしてしまいます。
自分を変える、というのは、【本来の自分】で大丈夫とは思えていないこと、自分に非があることを受け入れていることになります。そのため、自分を変えようとすればするほど【本来の自分】からは遠ざかってしまい、悩みは増すことになります。
<ハラスメント>とは、【本来の自分】を変えろと他人から干渉されることですから、自分を変えなければと思うことは思うツボと言えるのです。必要なのは変わる必要がない、そのままで大丈夫だと知ることなのです。
・できる限り早く、静かにその場から立ち去る。相手を変えようとしない
その上で、できる限り早く静かにその場から去ることを画策することです。<ハラスメント>への対応策の基本は、その状況から“抜け出すこと”です。
そして、<ハラスメント>を仕掛けてくる相手を変えようとはしない。相手は絶対に変わりませんから。職場であれば、配置や部署を変われないか、場合によっては転職を検討してみる。パートナーとの関係であれば離縁や離婚を考えてみる。
これらが簡単ではないことは重々承知しているのですが、ただ、<ハラスメント>とは、ヒモにつながれた象のように、本当は自由になる力があるのに自分は自由になれない、経済的にも能力的にも無理だと思わされている精神的な呪縛です。精神的な呪縛から自由になろうとすることが一番大事です。
結果としてどのような選択肢を取るにせよ、自立につながる選択肢を視野にいれることは<ハラスメント>から抜け出すきっかけになります。諸々の事情に今の環境にとどまらざるをえないとしても、自分のあり方は全く違うものになっています。
また、<ハラスメント>を受けたことが実は「本当の居場所は別にある」ということを知らせてくれるシグナルであることもとても多いものです。【本当の自分】を知り、自分らしい人生を切り開くチャンスとしてもとらえてみることが大切です。
・小手先のコミュニケーションテクニックでは回避できない
小手先でコミュニケーションのテクニックを学んでも、なかなか成功にはつながらないでしょう。オリジナルの<ハラスメント>の呪縛を受けているために、理不尽なことに出会うとすぐに解離し、自分じゃない状態にさせられてしまいます。結局、頭でセリフを知っていてもうまく言い返せなかったり、動けなくなったりしてしまいます。
・<ハラスメント>環境への執着を解消する
最後に、「<ハラスメント>から立ち去るというのは釈然としない」と感じる場合についてです。
私たちは自分にとってどうでもいいものは何も感じずに、避けたり、意識しなかったりします。それは、そこに執着がないからです。逆にこだわったり、立ち向かおうとする場合は対象にとらわれていたりします。
街で変な人と出会ったら、多くは自然と避けると思います。避けるからといって、決して逃げているわけではありません。立ち向かっていっては逆にトラブルになります。
街を歩いていても仕事をしていても何かをしているということは、実はその裏で何か不必要な選択肢を捨てたり、避けたりしていることでもあります。そうして、自分にとって必要な物を選んで生きているのです。
これは自然なことです。
しかし、【本来の自分】が感じていることがわからなくさせられていると、大切なものが何かがわからず、不安なまま不要な物に対して執着させられて、立ち向かってしまうのです。
つまり、<ハラスメント>に立ち向かわなければ、と思う事自体が実は執着だったりするのです。執着はトラウマによって引き起こされます。
<ハラスメント>の構造の中に、「逃げてはいけない」という第3のメッセージがあるということを見てきましたが、親や周囲から躾や教育として「嫌なことから逃げてはいけない」と刷り込まれているためです。
オリジナルの<ハラスメント>を解消して、自分にかかった呪縛や執着を解決するためにはトラウマケア(ソマティック・エクスペリエンシング・アプローチ、ハコミセラピー、トラウマ解放エクササイズ、ブレインジム、TFT、フラワーエッセンス、ストレス応答系へのアプローチ、FAP療法)などは有効な手段です。
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執着がなければ、立ち向かおうとも思わず、自然と距離を取ることができます。そして、代わりに本当に必要な物に出会えるようになります。
例えば、つらい環境の職場で働いていた人が転職をちゅうちょしていたが、さすがに耐え切れずに転職した先で暖かな人間関係の中で本当にしたい仕事ができるようになったり。支配的な親との関係に悩んでいる人が、当初は、親元を離れて一人暮らしなど経済的に無理だと思っていたのが、思い切って一人暮らしをしてみると気持ちが軽くなって、安定した仕事に就けるようになったり、といったことが実際に起きてきます。
・【本来の自分】の感覚を基準に生きる
<ハラスメント>の呪縛から抜けるということは、世の中の常識や規範とされるものではなく【本来の自分】の感覚を基準に生きるということです。
<ハラスメント>を解決するというのは、単なるテクニックではなく人生を選択し直すことです。そうすることで徐々に不快なものは去り、自分とって本当に必要なものに出会えるようになるのです。
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参考
安冨歩「誰が星の王子さまを殺したのか――モラル・ハラスメントの罠 」(明石書店)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
など