あまり知られていませんが、実はトラウマというのは、さまざまな問題を引き起こします。特に人間関係においては影響が大きく、自分の性格のせいかな、と思っていたことの多くはトラウマに起因します。トラウマがどのよう人間関係の悩みを生み出すのか、について前回につづき、医師の監修のもと公認心理師が、まとめてみました。
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<作成日2019.9.21/更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・トラウマが人間関係に及ぼす20の影響(つづき)
10.”力関係”や感情で成り立つ、人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。負けてしまう
11.過剰な客観性
12.嫌な人になぜかこだわってしまう。嫌な言動の記憶やシミュレーションで頭がグルグル回る
13.他者に対して厳しい
14.他者への横柄な態度と極端なへりくだり
15.退行してふてくされてしまうことも
16.感情的な人への軽蔑
17.強い恥や罪悪感、自責の念
18.虚無感、無価値観、ニヒリズム
19.周囲との距離感やペースが合わない
20.解離して本来の自分自身じゃなくなってしまう
・人間関係の問題を克服する方法
(上)にもどる
トラウマが人間関係に及ぼす20の影響(つづき)
10.”力関係”や感情で成り立つ、人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。負けてしまう
世の中の人間関係は、二元論的にできています。一つは、「人間はみな分かり合える」「誠実に接すればいい」という建前の部分。もう一つは、人間も動物なので、“力関係”や嫉妬や恐れ、反感など、感情によって成り立っているという本質(土台)にかかわる部分です。
”力関係”とは地位や権力の上下や駆け引きという意味ではなく、1対1での人間関係の関係性のバランスのことであり、そのバランスを支える心身のコンディションのことです。世の中で人間関係をうまくこなすためには、建前と本質(土台)の両者を兼ねそなえていく必要があります。これは成熟するための発達課題とも言えます。
しかし、トラウマにさいなまれていると、時間が幼いままで止まっているので、そのことをうまく理解できません。また、脳内のホルモンや血糖のバランスも崩れているために”力関係”でニュートラルとなることができません。力関係でニュートラルになれてこそはじめて、その上で建前は実現していくものですが、トラウマによって理想主義的になり、本質部分を抜きにして良い人間になろう、純粋な関係だけを求めようとしまいます。
常に自分に問題の原因を帰してしまったり、トラウマによる脳のコンディション不良のために、現実の人間関係では”力関係”で負けてしまい、自分ばかりが惨めな思いをしてしまいます。
11.過剰な客観性
世の中は、それぞれの人間の主観と主観のぶつかり合いという側面があります。 「客観」なるものはどこにもありません。
しかし、トラウマにさいなまれていると、現実には存在しない”客観的な視点”に意識が解離してしまい、常に自分や物事を客観的にチェックするようになってしまいます。そして、客観的な基準から見て自分は偏っていないか、間違っていないかと恐れて自信をもってふるまえなくなってしまいます。
そのうち、声の大きな人に負けてしまい、自分は我慢しなければならなくなってしまいます。
12.嫌な人になぜかこだわってしまう。嫌な言動の記憶やシミュレーションで頭がグルグル回る
嫌な人や自分に合わない人なのに、その人の言動に振り回されたりしてしまいます。
「あの人はなぜあのようなことを言うのだろう?嫌なことをしてくるのだろう?」と常に相手の言動が気になってしまいます。過去にされた嫌な言動について気持ちを切り替えたくても切り替えられずに嫌な記憶や「次にはこう対応しよう」というシミュレーションで頭がいっぱいになり思考がグルグルまわります。
「あの人に認めてもらいたい。認められたい。」「あの人の態度を変えてやろう」としてしまうこともあります。関係を断ってしまいたいと思っていても、なぜか気持ちが嫌な人に向いてしまいます。
13.他者に対して厳しい
他者に対して厳しい傾向があります。他者をそのままで見ずに、理想化してとらえてしまっていますから、いつも要求水準が高い。仕事でも厳しくしっせきして、他者に高い基準をクリアすることを求めます。それが達成できないと激しくこき下ろします。
自分にも厳しく頑張りますが、自己愛が未熟ですから、他者から見るとストイックであるがどこか自分に都合がよくて自分に甘い、言い訳が多いと感じられます。そのために、周囲とは協調が取れなくなったり、関係がこじれてしまいます。
14.他者への横柄な態度と極端なへりくだり
・大人への反発
相手をこき下ろしたり、ということと似ていますが、自己愛が誇大なままで成長しているためにどこか横柄な態度をとってしまったりして、人間関係がぎくしゃくしたりします。特に親が理不尽だった場合は、親や大人への反発が内在している場合もあります。ただ、どこか自信のない、自分は本物ではない、といった感覚にもさいなまれています。
・横柄な態度と高い理想
あるベンチャー企業経営者は、幼い頃は親が子どもの前で包丁を突き立てたりしたという経験を自著で語っていますが、かつてのどこか人を見下した横柄な態度や大人への反発ということを見ると、養育環境でのトラウマに影響されたものであることがよくわかります。ただ、トラウマを負った多くの人に共通しますが、本人の本音では相手を見下そうとは思っていません。逆に自分はそんな人間にはなりたくない、そんな人間ではない、純粋に本音で触れ合いたいと強く考えています。
・スティグマ感と躁的防衛
横柄な態度とは逆に、他者を理想化してしまうために周囲の人たちが極端にしっかりしていて、常識があり、自分よりも正しいと捉えてしまい、極端にへりくだってしまうことがあります。いつも自分の中にはぬぐえない劣等感(スティグマ感)があります。劣等感があるのですが、劣等感を感じたくないために尊大になることで自分を守ります(躁的防衛といいます)。
15.退行してふてくされてしまうことも
自己愛が幼いままにされてしまっていますから、叱られると退行して、ふてくされてしまうことも起きます。自分が分かってもらえていない、と感じてしまいます。
注意したいのは、その人の人格がおかしいわけではありません。幼いわけではありません。自分の意志に反して解離して退行してしまうために起こります。本人の中では、意志に反して退行してふてくされたり、感情的になっていることについて、強い戸惑いを感じ、自分を責めて、恥じています。ただ、原因がわからないため戸惑い、言い訳をして自分を防衛し、あるいは無理解な周囲に怒りと敵意を向けたりしてしまうのです。
16.感情的な人への軽蔑
自己愛が誇大化していることや他者を理想化しているために、つねに理想的な人間であろうとします。研鑽を積んで高みを目指すことが人間の本来の姿とし、感情的な人間を軽蔑する傾向があります。
親が理不尽な態度をとっていた場合はより顕著になります。自分は、あの理不尽な親のようにはならない、なりたくない。感情的になるのは未熟な人間によるもので、自分は感情を乗り越えて、理性的な人間になる。自分はより人間性が高い存在にならなければならない、と感じています。
ただ、感情をおさえた結果、他者とのコミュニケーションがうまくいかなくなります。他人からは冷たく、心が通わないと感じられたり、理屈は正しくても、気持ちを理解してもらえていないと感じられてしまい、逆効果になります。そのため、感情を克服したと思っているにもかかわらず、周囲に対して怒りを感じたりイライラを感じてしまいます。そうした自分にも器が小さいと自己嫌悪したり、違和感を感じるようになります。
17.強い恥や罪悪感、自責の念
トラウマにさいなまれると、強い恥の意識や罪悪感を感じやすくなります。過去の自分の行動を過度に恥ずかしいものととらえてしまいます。また、本来自分が原因ではないことまで自分の責任として罪悪感を感じたり、過度に自分を責めたりします。
18.虚無感、無価値観、ニヒリズム
自分は価値のない人間であるという感覚や、世の中がむなしい、という感覚を持っていることがあります。とくに性的虐待などひどい虐待を経験していると、自ら再上演するかのように風俗業に身を置こうとする人もいます。
実際に実行していなくても、かつて夜の街で働こうと思った、とおっしゃる方は多い。その背景にはトラウマによってもたらされた無価値観や虚無感が潜んでいます。
19.周囲との距離感やペースが合わない
トラウマによって自分の基準や土台を崩されてしまい、誇大化した自己や見捨てられる恐れがあるために、他者との距離感がうまく取れません。
過度に距離を取りすぎて関係を作ることができないか、あるいは、相手との距離が近すぎたり、関係が熟していないのに踏み込みすぎたり、といったことが起きます。妙になれなれしくなってしまったり、妙にへりくだりすぎたりということが起きます。
自信がない不安な感じを悟られたくないために不自然にテンションを上げたり、なれなれしくしたりということもあります(躁的防衛)。
いずれにしても本来の自分で人と接するということができなくなってしまいます。
その違和感は本人も感じていて、どうしていいかわからないつらさや孤独感を感じていたりします。
20.解離して本来の自分自身じゃなくなってしまう
トラウマの症状にすべて共通することですが、「本来の自分」ではなくなってしまう、ということです。解離と言いますが、過去の記憶のフラッシュバックや、現在の刺激が引き金となって、今この瞬間の自分自身ではなくなってしまうのです。そのために、周囲からのコミュニケーションに対して反応することができなくなってしまいます。
顔は能面のようになり、言葉には感情が乗らなくなります。相手はそれを見て、バカにされていると勘違いしてさらに感情的になり怒られる、ということが起きます。
解離するというのは、意識状態(場合によって人格)が変容してしまうということです。軽い解離の場合にはぼっーとして周囲で起きていることの現実感がなくなったり、後から記憶を思い出せなかったりするという現象が起こります。解離の程度が強く人格そのものが変容する場合は、過去の幼い自分や、否定的な感情を浴びせてくる親や周囲の人の人格を自分の中に再現したりします(最重症の場合は二重人格や多重人格とよばれる病像をとります)。
そのために自分でも気がつかないうちに退行させられたり、相手をこき下ろして否定的な感情を浴びせたり、ということが起きます。
例えば、境界性人格障害という症状も、広い意味のトラウマによる解離と考えると理解しやすくなりますし、本人も傷つきません。本当は人格には何の問題もありませんが、トラウマによって解離しやすくなるため、ちょっとした刺激(見捨てられる不安)によって、人格がスイッチして、相手をこき下ろしたり、振り回したりしてしまうのです。
(参考)発達性トラウマ症候群と愛着障害
虐待を受けると発達障害様状態が生じることが知られています。杉山登志郎教授は精神発達遅滞、自閉症スペクトラム、ADHD・学習障害に次ぐ「第四の発達障害」と呼んでいます。最近は、「発達性トラウマ症候群」と呼ばれることもあります。
→「大人の発達障害の本当の原因と特徴~さまざまな悩みの背景となるもの」精神科医の岡田尊司氏も、愛着障害になると発達障害用状態を生むことから、発達障害が増えている要因を「愛着障害」によるものではないかとしています。
人間関係の問題を克服する方法
・スキルや能力の問題ではない~わかっていてもできない
本屋さんにあるようなコミュニケーションの本や、NLPのような自己啓発に取り組んでも根本的には解決しません。なぜなら、トラウマによって引き起こされた問題の特徴は「分かっちゃいるけどやめられない」ということだからです。
頭ではわかっているのです。しかし、恐れや不安がふいに沸いてきて、動けなくなってしまう。思うように行動できなくなって、関係がぎくしゃくしてしまうのです。スキルや能力の問題としてコミュニケーション力を身に着けようとしてもうまくいかずに、かえって傷ついてしまうこともあります。
・人格や性格の問題ではない~むしろ、気遣いすぎで社会性過多にさせられている
たとえ、相手に対して失礼な態度になっていたりしても、それらは人格や性格の問題によるものではありません。人格が未熟と書きましたが、それも本人の責任ではなく、トラウマによって一時的に未熟な状態に留め置かれている、ということなのです。社会性がないのでもありません。逆に過剰適応によって社会性過多になっているのです。
自分には常識がない、人格がおかしいと思い込まされて、過剰に社会的であることを意識させられすぎて身動きが取れなくなってしまっている状態なのです。むしろ、社会に適応しようとすることをおさえ、自分を信頼し、自分の基準を取り戻すことのほうが必要です。
・人間関係の問題はあなたの責任ではない。自分のせいだと思わない
現在の問題は、自分の人格のせいでも、コミュニケーション力がないせいでもありません。トラウマが影響して、自分の言動がおかしくなってしまっているだけです。ですから、自分のせいだと思う必要はありません。自分を責める必要は全くありません。
・問題の原因や人間関係のメカニズムを知る
この記事で紹介したようなメカニズムをご自身でも知ることです。トラウマによる再上演、過覚醒、解離によって、自分でいることを妨げられているために問題は生じています。そのメカニズムを知るだけでも思いがけない力に巻き込まれることを防ぐことができます。
メカニズムとは、人間関係の二元論的なメカニズムを知ることも含まれます。二元論とは、対人関係は力関係を土台として、その上に建前が乗っているということです。力関係でニュートラルではない関係、こき下ろされたり、へりくだられたり、している状態とは、支配-被支配の関係であり、そこでは私たちが求める建前(誠実な人間関係)は実現しません。
・ニュートラルな”力関係”を作るためのコンディションを整える
人間関係の場で生まれる”力関係”でニュートラルな関係性を作れなければ、求めているより良い人間関係はできません。特に、いつも自分を責めていたり、生体的にもトラウマによってホルモンのバランスや脳内のエネルギーが低下していると、相手にやり込められて不快な思いをさせられてしまいます。
ニュートラルな”力関係”を実現するためには、心身を強かに整えていく必要があります。脳の機能を低下させる大きな原因となるトラウマを解消することはその方法の一つです。
・嫌な関係は遠ざけ、自分に合う人や環境を求める
トラウマを負っていると、どうしても自分に合わない嫌な関係にこだわらされてしまいます。本来の自然な状態とは何かを知る必要があります。私たちにとっての基本は、嫌な関係は遠ざけて、自分に合う人や環境を求める、ということです。
目の前にいる嫌な人にこだわり、その人に好かれよう、変えようとしても意味はありません。嫌な人、合わない人はサラッと受け流して遠ざける。そうすると、本当に自分に合う関係がやってきます。この原則を知っているだけで環境は少しずつ変わっていきます。
・トラウマを解消する
今まさに苦しんでいるのでしたら、トラウマケアを受けてトラウマを解消することが必要です。トラウマの解消については、よろしければこちらを参考にしてください。
→トラウマについてくわしくはこちらをご覧ください。
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
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(参考)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
大嶋信頼「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」(青山ライフ出版)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など