「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服」について、さらにくわしくお知りになりたい方のためにより詳細な参考情報をまとめています。よろしければご覧ください。
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<作成日2019.9.7/更新日2020.3.17>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたり心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
目次
・PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは何か?
・トラウマにより生じる主な症状~詳細
・PTSDの診断、チェック
・複雑性PTSD、ASDに特徴的な症状
・子どものトラウマ反応
・トラウマによって生じるさまざまな障害
・トラウマへの取り組みの歴史
・陽性外傷と陰性外傷
・愛着障害とトラウマ
・トラウマになる人とならない人の違い
・トラウマが身体に与える影響
・トラウマ記憶の特徴
・トラウマを生む出来事の種類
・トラウマは ”自分らしくあること” を奪い、生きづらさを生む~詳細
→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服」にもどる
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは何か?
しばしば勘違いされることですが、PTSD=トラウマに関する症状のすべてではありません。PTSDというのは、もともとは「戦闘後症候群(ポスト・ベトナム症候群)」と呼ばれていたように、災害や戦争など惨事トラウマの影響についての研究からまとめられた「概念」です。
しかし、私たちは、日常で繰り返し受ける理不尽な行為などからもトラウマを背負うことが明らかになっています。PTSDだけで全てを説明できるわけではありません。トラウマというのは広い概念で、PTSDとはその中のある特定の症候群を指すものです。
オーソライズされているPTSDという概念を中核として据えて、それでは収まらないものをその周辺に据えて整理して捉えることは理解に役立ちます。
トラウマにより生じる主な症状~詳細
トラウマの特徴を6つの主な症状にまとめてみました。特に1~4がPTSDにおいて「中核的な症状」とされます。
1.再体験(侵入)
トラウマ的な出来事が繰り返しよみがえり、体験されることです。
その際は、通常の記憶がよみがえるのとは性質が異なり、自分の外側から「侵入的に(無理やり押し入ってくるように)」、五感を通じてありありと体験されます。時間を経た過去のものとして体験されるのではなく、今まさに起きているように体験されます。今まさにそれが起きているように体験されることを「フラッシュバック」といい、睡眠中のものを「悪夢」といい、思考において起きると「侵入症状」と呼ばれます。
悪夢や夜驚や、遊びの中でトラウマ体験を再現するようなことも含まれます。
(参考)トラウマ体験への固着
トラウマにさいなまれると、トラウマ体験に支配され続けることになる。その際、患者自ら進んでトラウマを再現するような傾向が指摘される。性的虐待を受けた女性が風俗嬢になる。戦闘体験者が志願兵になるなど。
2.回避・まひ
「回避」とはトラウマの記憶を呼び起こすような環境を避けることです。無意識に起きる衝動ですから、本人も自覚できないことも多い。記憶を切り離そうとすることも回避にあたります。回避の衝動が強いために、治療を受けることの妨げにもなります。
トラウマ記憶によってもたらされる苦痛を感じることを避けるために、感情を切り離したり、無感覚となることを「まひ」と呼びます。
3.過覚醒(覚醒こう進)
常に緊張したような状態で、非常に過敏な状態です。集中の困難さや不眠、ちょっとしたことにも敏感に反応するなどの症状が生じます。常に気持ちが張り詰め心に余裕がないので、イライラしたり暴力的になったり、他動といった問題も生じます。集中の困難さとは、集中力がないのではなく注意や刺激の過多によって1点手中できないことから生じています。夜も緊張が下がらずなかなか眠ることができません。
(参考)「見捨てられ不安」「過剰適応」「過緊張」
トラウマにさいなまれると、心の根底に「見捨てられ不安」と呼ばれる不安が強くなります。幼いころの周囲の不適切な関わりは、死に直結するような不安を呼び起こします。その不安は「見捨てられ不安」と呼ばれます。周囲から見捨てられないために、自分の本音をおさえて過剰に人に合わせてしまうようになります。そうした状態を「過剰適応」と呼びます。
また、トラウマ記憶によって、常に緊張状態(ある種の過覚醒)にあり、リラックスできない、安心して人と付き合えない、といった症状のことを「過緊張」といいます。「見捨てられ不安」「過剰適応」と「過緊張」は、トラウマによって引き起こされる典型的な症状です。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
4.否定的認知や気分
自分や他者、社会に対してネガティブな認識や気分を持つようになることです。例えば、自分は価値がないと思ったり、過度に自分を責めたり、強い罪や恥の感覚、他人を恨んだり、社会を危険な世界ととらえたり、などが見られます。例えば、「自分が罪深い人間だから虐待に遭ったのだ」「自分はこの世に望まれて存在していない」といった認識です。
また、この中にはまひということも含まれています。傷つくことを避けるために自分の感覚が萎縮することです。喜びといったいきいきとした感情を感じなくなったり、他人からの孤立感、未来が短縮した感じ、トラウマ体験を思い出せなくなったりします。
境界性パーソナリティ障害もこうしたことを背景に引き起こされます。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
「境界性パーソナリティ障害を正しく理解する7つのポイント~原因と治療」
5.解離
解離というのは、自我の統合が薄れることです。離人感、現実感の喪失、健忘などが挙げられます。
離人感とは、自分が自分ではないような感覚、自分を客観的に見ているような感覚。ひどい場合は、多重人格や、ヒステリー(転換性障害)といったことにもつながります。
6.発達障害様の症状
トラウマとは処理されるべき記憶が残されたままの状態で、日常で使われる脳の容量を圧迫しているような状態です。そのため普通であれば、10割使えるはずのワーキングメモリが2,3割とほとんど使えずに、ADHDのような症状に陥ってしまいます。仕事が覚えられない、ミスが多い、集中できない、といったことです。
また、過剰適応や過緊張によって、対人関係でもぎこちなさを抱えています。トラウマによって時間が止まってしまっているために、自己や他者のイメージが幼いままで止まり、未成熟な状態に置かれることがあります。
常に余裕がないために、発達の凸凹が浮き上がりやすいのです。そのため、発達障害にきわめて似た症状を呈します。こうしたことを指して、「第4の発達障害」「発達性トラウマ症候群(発達性トラウマ障害)」と呼ばれることがあります。
PTSD、ASDの診断、チェック
下記のの1~4の中核症状すべてが1カ月以上続いている場合に「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」とされ、3カ月未満は急性、3カ月以上は慢性とされる。
なお、1カ月未満の場合は「急性ストレス障害(ASD)」と診断されます。
ASDについては、特に解離症状があるかどうかが判断のポイントになります。
1.再体験(侵入)
トラウマ的な出来事が繰り返しよみがえり、体験されることです。
2.回避・まひ
「回避」とはトラウマの記憶を呼び起こすような環境を避けることです。トラウマ記憶によってもたらされる苦痛を感じることを避けるために、感情を切り離したり、無感覚となることを「まひ」と呼びます。
3.過覚醒(覚醒こう進)
常に緊張したような状態で、非常に過敏な状態です。
4.否定的認知や気分
自分や他者、社会に対してネガティブな認識や気分を持つようになることです。
複雑性PTSDに特徴的な症状
複雑性PTSDとは、虐待やいじめなど、長期反復的な出来事によって生じるとされます。複雑性PTSDによって引き起こされる症状として下記が挙げられます。
・感情コントロールの失調:不機嫌、自傷行為、自殺念慮、爆発的な怒りなど
・意識の失調:解離や健忘など
・自己感覚の失調:孤立無援感、絶望感、主体性のまひ、自己非難
・スティグマ感(負のシンボル、らく印)
・自分は他者とは完全に異質という感覚
・加害者への感覚:加害者との関係への執着、加害者が強大な存在として意識されている。
・人間関係の変化:孤立無援感が人間関係を悪くし、人間不信、ひきこもりなどが生じる。
・意味体系の崩壊:これまで信じていた価値観、人間観、世界観が壊れてしまい、悲観的、絶望的な感覚を持つようになる。
子どものトラウマ反応
大人の場合とは異なるあらわれ方をします。
・大人びた言動(敬語や丁寧語など大人びた言動。被害を悟らせない)
・多動性・攻撃性
・性的な行動(異性との関係に興味を持ったり、性的な言動を繰り返す)
・発達の遅れ(年相応の発達を見せない)
・愛着障害(過度に甘えたり、避けたり、難しい反応を見せたり)
トラウマによって生じるさまざまな障害
PTSD患者の8割が他の疾患を併発するとされます。主なものとしては下記のものがあります。
依存症(し癖)
トラウマによって生じる精神障害の代表的なものが依存症です。トラウマの苦痛を自己治療しようとする結果として依存症に陥ってしまいます。トラウマを負った方の男性で5割、女性で3割にみられます。
⇒「依存症(アルコール等)とは何か?真の原因と克服に必要な6つのこと」
解離性障害
調査では解離性障害の97%にトラウマ体験があるとされます。特に解離性同一性障害の背景には性的虐待が多く見られることが知られています。
自傷行為(リストカットなど)
自傷行為の背景因として。解離傾向、不安定な愛着、性的虐待、ネグレクト、離別、身体的虐待など、自傷行為を行う患者の7~8割にトラウマ体験が存在することが知られています。
⇒「リストカット、自傷行為の本当の心理、原因・理由とその対応」
境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害と診断される患者のうち、6~7割にトラウマ体験が存在するという報告があります。ただ、境界性パーソナリティ障害とトラウマとの相関については有意というほどには関係は明らかにはなっていません。
身体化障害(転換障害)
心が原因で身体に不調が現れる症状についても、約半数のケースでトラウマ経験があることが知られている。PTSDの場合も頭痛が生じることが多いとされる。
パニック障害
パニック障害については背景にトラウマ体験の存在が疑われています。ただ、パニック障害については遺伝的背景(体質など)なども考えられため、必ずしもトラウマだけで説明することは現時点では確実ではありません。
摂食障害
摂食障害は、解離性障害やトラウマとも密な関係にあると考えられます。ただ、トラウマが全ての原因ではなく、さまざまなストレスや遺伝的背景なども含めて発症すると現時点では考えられています。
⇒「摂食障害とは何か?拒食、過食の原因と治療に大切な7つのこと」
強迫性障害
強迫性障害の背景にも、トラウマ経験が存在するとの指摘があります。ただ、全てのケースに当てはまるかについてはまだわかっていません。
⇒「強迫性障害を克服するために知っておきたい9つのこと~原因、症状、チェック」
身体に現れる症状
トラウマによる強いストレスは、身体の調整機能を乱し、自律神経に不調を引き起こします。結果、身体にさまざまな症状が現れます。例えば、原因不明の痛み(頭痛、腹痛など)、めまい、しびれ、慢性的な疲労、過敏性腸症候群などがあります。
その他(気分障害、身体症状など)
⇒「うつ病の真実~原因、症状を正しく理解するための10のこと」
⇒「対人恐怖症、社交不安障害とは何か?真の原因、克服、症状とチェック」
トラウマへの取り組みの歴史
・近代にはいり注目されるように
トラウマそのものは大昔から人類の中に存在したとされます。
しかし、その存在が特に注目されるようになったのは近代に入ってからです。
19世紀後半に急増した鉄道事故がきっかけとされます。また、20世に入ると大規模な戦争が起こるようになりますが、第一次世界大戦で心に傷を負い異常な反応を見せる兵士が注目されるようになりました。
また、フロイトなどの研究によって、幼児期のトラウマ経験もさまざまな問題を生むと考えられるようになります。
・日本では阪神淡路大震災以降に本格的に取り組まれるようになった
ただ、トラウマ経験の可視化の難しさや社会の抵抗もあってか、あるいは、トラウマというものに注目できるほどには社会の安定が十分ではなかったこともあり、トラウマに関する研究が順調に進んだとはいえませんでした。PTSDという概念が成立したのは1980年のことで、日本では、阪神淡路大震災の後にようやく注目されるようになりました。
なぜ近代現代で注目されるようになったのか?
・機械化などで惨事も身近に
大昔にも戦争、災害などの惨事があり、当然のこととして心にトラウマを背負うということはありました。
ただ、昔は、ボタン一つで大惨事が起きるといったことはなく、事故が起きても、人が起こせる範囲、人の身体感覚で理解できる範囲の出来事でした。(たとえば、馬車がひっくり返ってけがをする、敵に槍で傷つけられる、など)
しかし、近代、現代では機械化が進み、1人の人間のちょっとした操作の誤りで、何百人、何千人もの人が死んでしまうといったことがおきます。人が理解できる範囲を超えているために、事故の経験がトラウマとなりやすい状況が生まれました。
・意味づけされない惨事
災害はどうかというと、かつては神の領域でした。文化や宗教などからの理由付けがありました。ある意味それで癒やされていたこともあります。
しかし、近代現代では、科学で説明される自然現象とされ、なぜ自分に降り掛かったのか?なぜ自分の家族が災害で亡くならねばならなかったのか?だれも説明してくれません。単に偶然、としか言えない。
・戦争の大規模化、兵器の破壊力の増大
戦争も同様に、かつてとは比べ物にならないほど、破壊力の大きな武器が用いられ、あっけなく人が死んでいく。鼓膜が破れるような破壊音がする中で昼夜を問わず何カ月も戦うわけですから想像を絶します。
第一次世界大戦では、シェルショックといい、砲弾の音を聞くと身体が飛び跳ねて倒れてしまう兵士の姿が映像でも残っています。
・個人化
近代現代は、自立した個人として自ら人生に意味付けを行わなければならなくなったということもあるでしょうし、共同体や家族のあり方も個人主義化してきたことなどが考えられます。事故も災害も戦争も、突如想像を超えるトラブルが襲ってきても、自分が被る出来事についても自らの責任として引き受けなければならないといった状況が、特に近代、現代でトラウマが生じやすく、注目されてきた理由と言えます。
陽性外傷と陰性外傷
岡野憲一郎教授による陽性外傷、陰性外傷という分類もあります。
<陽性外傷>とは、虐待や事故など過剰な刺激にさらされること
<陰性外傷>とは、本来与えられるべき養育の欠如など、刺激の過小さによるもの
愛着障害とトラウマ
人間にとって親など親しい人との安定した関係(愛着)は安全基地となり社会生活の土台です。幼いころに愛着は形成されますが、不安定な親などに育てられた場合は土台が不安定(愛着障害)となります。愛着の対象となるはずの親から虐待を受けることを愛着外傷といいます。
⇒「「愛着障害」とは何か?その特徴と悩み、4つの愛着スタイルについて」
トラウマになる人とならない人の違い
ある調査では、生涯でトラウマになるような出来事を体験するのは、男性で6割、女性で5割ですが、実際にPTSDになるのは1割とされます。つまり、PTSDになりやすい人とそうではない人が存在し、背景には生育歴や体質、社会的背景などが考えられています。そのことについてくわしく見ていきます。
累積トラウマ効果
トラウマを受ける回数が多いほどトラウマにかかりやすくなることが分かっており、「累積トラウマ効果」と呼ばれています。さらに若年でトラウマを負っているほど重症化しやすいとされます。
トラウマへのぜい弱さとレジリエンス
深刻なストレスに遭ってもPTSDを発症する割合は1~2割程度だと言われています。つまり、同じ目に遭ってもそれがトラウマになる人とそうならない人とがいるということです。その差は何かを考えることはトラウマの臨床を考える上ではとても大切な疑問です。現在、アーミッドによってトラウマへの弱さやしなやかさについて下記のような因子が挙げられています。
<ぜい弱因子>
●内的な因子
・女性であること
・安全の感覚を持てないこと
・社会からサポートされている感覚を持てないこと
・神経質な傾向が大きいこと
・すでに精神病理が存在していること
・外傷的な出来事に対してネガティブな評価を持つこと
●外的な因子
・教育レベルが低いこと
・市民権を有さないこと
・過去に外傷体験があり、その外傷が深刻なこと
<レジリエンス因子>
●内的な特徴
・自尊感情
・信頼感
・種々の能力を有していること
・自己能動感
・安定した愛着
・統制感
・ユーモアのセンス
・楽観主義
・対人関係上の能力
●外的な特徴
・安全性
・宗教上のよりどころをもつこと
・模範となる人がいること
・支持的な人がそばにいること
トラウマが身体に与える影響
トラウマは「心の傷」と言われますが、実際に、身体や脳の機能低下が見られるなど、器質的にも「傷」と呼べるような影響が見られることがわかっています。
ストレス応答系の失調
人間はストレスに対処するためにストレス応答系と呼ばれる仕組みをそなえている。ストレス応答系とは、自律神経系、免疫系、内分泌系の3系を指し、外部からのさまざまな影響に対処している。ストレスがかかると、ストレス応答系が「警告反応期」と呼ばれる状態にはいり、コルチゾールなどストレスホルモンなどを放出して対処、抵抗力をつけ、「抵抗期」と呼ばれるストレスに対してきっ抗した状態を作り出します。
災害のようにストレス自体があまりにも甚大な場合、あるいは、ストレスの程度はそれほどでなくても長期にわたる場合、ストレス応答系は抵抗を続けられなくなり疲弊してしまったり、あるいは、常に危機状態のモードのまま平静なモードに切り替えられなくなり、日常生活に支障をきたします。
例えば、ストレス状態にある時、胃腸は機能が低下し、免疫力も下がることが分かっています。コルチゾールを浴び続けると記憶を処理するために重要な海馬は委縮してしまいます。感覚も過敏、鈍感となるなどし、認知にもゆがみが生じてしまいます。睡眠障害も起こります。
自律神経系、免疫系、内分泌系は、心身の健康を維持するためには不可欠ですが、これらが平常ではない状態が続いたり、適切なタイミングでオンオフがなされなくなることで、心身の健康のみならず、対人関係で人と合わられなくなり孤立を感じる、といったように社会的な機能も失われて行ってしまいます。
トラウマ経験を受けた人の脳の変化
一般に虐待を受けると、一般の人と比べて意思決定や共感に関わる「前帯状回」の機能が低下し、逆に、痛み・不快・恐怖に関わる「島部(島皮質)」や身体感覚の早期に関わる「楔前部」の機能が活発になります。
トラウマ経験を受けた時期別の影響
脳は、発育が盛んでストレスの影響を受けやすい感受性期があり、虐待を受ける年令によっても、傷つく脳の部位は異なることがわかっています。
例えば、
3~5歳までの虐待では、記憶と情動に関わる「海馬」が、
9~10歳の虐待では、左右の脳をつなぐ「脳梁」が、
14~15歳では、意思決定を行う「前頭前野」が、
それぞれ影響を受けるとされます。
トラウマ経験の内容による影響の違い
虐待の内容によっても影響は異なります。
・性的虐待
例えば、10歳以下で性的虐待を受けるとビジュアル記憶に関わる「視覚野(大脳皮質にある)」の容積の減少、特に、顔の認知に関わる「紡錘状回」の容積が減少します。
これは、虐待の視覚的なイメージを見なくて済むように適応が行われるためと考えられます。自分が直接被害を受けた場合だけではなく、例えば親同士のDVを目撃しても同様のことが生じます。
・夫婦げんか、DVの目撃
夫婦げんかやDVなどを目撃すると、視覚野や皮質の容積が減少することが知られています。特に、11~13歳の頃のDV目撃体験は視覚野に大きな影響を及ぼします。
・言葉による虐待(暴言)
言葉による虐待(暴言)を受けると、「聴覚野」の容量の増加、
特に、言葉の理解をつかさどる「上側頭回灰白質」の増加が見られることがわかっている。
これは、聴覚野において、脳内の余計なシナプスが整理される子ども時代に暴言を受けることで、整理が進まずに残ってしまう結果であるとされます。
人の話の理解や会話などに余計な負荷がかかり、コミュニケーションが苦手になる恐れがあります。
・身体の虐待
身体の虐待を受けると、感情や思考の抑制を行う「右前頭前野内側部」、意思決定・共感などに関わる「右前帯状回」、認知に関わる「左前頭前野背側外部」の容積が減少が見られます。また、痛みを伝える感覚野も細くなることがわかっています。
さらに、深刻な虐待を受けると、海馬や扁桃体に障害を起こして、感覚のまひ、解離、フラッシュバックを引き起こします。「キンドリング現象」と呼ばれる扁桃体の過活動も生じることがある。
・思春期以降に影響が現れる
脳のダメージは、短期的は、生命を脅かす状況への対応として生じるものですが、トラウマ体験が発達の段階で起きることで、長期にわたって影響を残すことになります。脳への影響が起きるのは、思春期以降になってからであると言われています。よく、小学生までは天真爛漫で人とも楽しく過ごしていたのに、中学生以降になってとたんに問題が生じるようになった、というのは、このためです。また、成人になってから依存症に陥ったり、摂食障害、うつ病や自傷、自殺を引き起こしやすくなることにつながると考えられます。
トラウマ記憶の特徴
トラウマ記憶の特徴としては下記のようなものがあります。(医師の白川美也子氏の著書などによる)
・無時間性・鮮明性
通常の記憶は時間性があり、時間とともに処理されて白黒になったり、遠くなったりしますが、トラウマ記憶の場合は、時間がたっても鮮明なままで色あせずに残っています。災害の被害者が、「私の中では時間は止まったままです」と語る姿がテレビなどで映されていますが、まさにこうした特性によるものです。
・想起に苦痛が伴う
思い出すことに苦痛を伴います。強い罪悪感や、恥の感覚、恐怖心などを伴います。
・言葉にできない、しづらい
トラウマ記憶は人に語ろうとしても言葉にできなかったり、言葉にしづらいことがあります。これは、その出来事がひどすぎて言葉に詰まるということだけではなく、トラウマ記憶がイメージをつかさどる右脳に格納されやすいことが要因です。そのため、イメージは想起できても、言葉にできないために人にうまく相談できず、自分自身だけで抱えてしまうことが起きます。
・本人も覚えていないことが多い(複雑性トラウマなど)
上の特徴と矛盾するようですが、本人も当時のトラウマ記憶をあまりよく覚えていないことがあります。特に複雑性トラウマに多いのですが、子供の頃のことをうかがってもほとんど思い出が出てこず、出てきてもあいまいだったり、ぼんやりしていたりします。本人は覚えているつもりでもカウンセラーなど他の人から見ると情報が少なく断片的です。悪い記憶は意識下に保存されて、良い記憶だけが意識上に残ってしまっていて、当時のことが逆に美化されていることもあります。
・子どもの頃のトラウマは、思春期以降に影響が生じる
トラウマの影響は長期間にわたって脳にダメージを与えます。そのため、子どもの頃のトラウマは思春期以降に影響が生じることが多いとされます。小学校までは無邪気で友達とも普通に仲良く過ごしていたのに、中学高校以降、あるいは大学生になってから人とうまく接することができなくなるなどの問題が生じ始めたとするクライアントさんはとても多い。本人はなぜだかわからずに戸惑ってしまいます。大人になってから、パニック障害、摂食障害やうつ病、パーソナリティ障害を発症して、原因がよくわからず自分の人格のせいだとしていたら、実は幼い頃のトラウマによるものだ、というケースがあります。
トラウマを生む出来事の種類
岡野憲一郎教授は、トラウマ(外傷)を受ける場面ごとに下記のような分類をしています(一部改変、追記しています)。
<家庭内外傷>
・暴言
暴言は聴覚からの虐待ですが、日常的に家族から暴言を浴びせられている方は大変多い。最近の研究では、暴言は身体的虐待やネグレクトよりも強烈なインパクトがあるとされます。
・親の不仲、離婚
家庭内外傷の6割に見られる。半分の親が離婚。不仲が安心できる環境を奪い対人での緊張や攻撃を生む。自傷や自殺の原因となりやすい。
・居場所がない
・「関係性のストレス」
外傷経験は、明らかな虐待や客観的に見て大きな出来事ではなくても、本人の不安を著しく高めるような場合は、解離性障害を引き起こすことが考えられます。外傷経験が解離性障害、愛着障害などさまざまな障害を生むことはわかっています。
しかし、明確な虐待は見られないことも多く、過誤記憶や医原病といった批判もなされてきました。最近では、客観的には見極められないものの、親子の関係性の中で生まれるストレスが解離性障害の原因となりうると考えられています。そのことを「関係性のストレス」と呼んでいます。
例えば、母親の過干渉などは「関係性のストレス」の要因となりえます。一見すると順調に見える親子関係でもそこに外傷が生じることは十分にありえます。(母親に甘えようとした時に拒絶された、自分を否定されることを言われた、など)
・引越(環境変化)はトラウマになる?!
精神科医の神田橋條治の調査によると、3,4歳の頃の「引越」経験の有無によって神経症が遷延化するかどうかに有意な違いがあったことから、引越経験もトラウマティックな経験となりえるとしています。大人から見るとささいな事ですが、子どもにとってはインパクトが大きな出来事のようです。
・虐待
身体的な虐待のみならず、ネグレクトや精神的な虐待も含まれます。
・性的外傷体験
米国で多く日本では比較的少ない傾向にあるとされる。特に、性的な体験では、「他の人に言ってはいけない」というダブルバインドを受けることが多く、
そのことが深刻な解離症状につながると考えられています。
<家庭外外傷>
・いじめ、ハラスメント
家庭外外傷の6割に見られる。解離のある人の半数以上で持続的ないじめ経験がある。
・性的外傷体験
外傷全体の3割に見られ、そのうち近親以外(家庭外)からのものは7割に見られる。
・災害、交通事故などのPTSD
⇒惨事トラウマについてはこちら参考にしてください。
「【保存版】災害(震災、水害、事故など)時の心のケアと大切なポイント」
トラウマは ”自分らしくあること” を奪い、生きづらさを生む~詳細
・時間の流れ、発達を止めてしまう
無時間制とも関連しますが、トラウマはトラウマを負った時間で時間を止めてしまう性質があります。そのため、3歳で負えば3歳の発達課題は残ったまま、長い期間負っていれば全体的にも発達が遅れたような状態となります。これは発達障害そのものではありませんが、類似した傾向を呈することがあります。自己や他者認識も幼いままで止まってしまい、「誇大な万能感」や「親のイマーゴ(理想像)」が成熟しないままで残ることがあります。
結果として、自己認識、他者認識にゆがみが生じ、自己愛性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティー障害といったような状態に陥ることがあります。外見にもそれが表れ、トラウマに苛まれている人は、顔つきや雰囲気が年齢よりも幼く見えると言われます。
トラウマによって発達障害と似た症状が怒ることが分かっており、「第4の発達障害」「発達性トラウマ症候群(発達性トラウマ障害)」と呼ばれることがあります。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
「境界性パーソナリティ障害を正しく理解する7つのポイント~原因と治療」
・連続性の欠如~いつも非常事態モードで、物事が積みあがらない。日常が楽しくない
トラウマとは危機、非常事態が常に自分の傍にあるということです。そのため、次に何が起こるかわからない状態にあり、日常にあり連続性が欠如した状態となります。連続性とは、認知や意識(いつもこうだという信頼感)、対人関係、機能(役割や立場など)、歴史(時間の経過の中での自己同一性)のことです。連続性が欠如しているために、刹那的になったり、スキルや経験が積みあがらない感覚がしたり、日常にあるものが楽しくなくて、むなしく見えたり、といったことが起きます。
・感情調節や行動の障害を引き起こす
感情を正しく認識して、表現するためには幼い頃に養育者との適切な関係が必要です。養育者とやり取りをする中で、感情が調律されていきます。しかし、理不尽に怒られたり、気まぐれな対応をされると、自分の感情をどのようにとらえればいいのか、どのように表現することが適切なのかがわからなくなってしまいます。
さらに虐待など理不尽な養育によって負った強いストレスを表現する方法がおかしく、問題行動となって現れたりします。自分でもどうして問題を起こしてしまうのか、わけがわかりません。強いフラストレーションをコントロールするために、自傷行為を行うこともあります。リストカットなどはもちろん、赤ちゃんでも壁や床に頭を打ち付ける「頭打ち」などが見られることがあります。
・自分らしく落ち着いてふるまうことができない
トラウマというのは、恐ろしい記憶がフレッシュなままそばにあり続けるということです。そのため、本人にとっては常に危機を隣に置いているようなものです。そのため、いつも緊張し、相手に合わせ続けることが無意識に生じます。そのため、いつも自分は落ち着かない、リラックスできなくなります。内面はいつもヘトヘトで、疲れ切っています。興奮が取れずに寝付けないこともあります。トラウマは自分らしくいることを妨げます。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
・自信のなさ、スティグマ感
いつもなぜか自信がありません。自分には根本的に何か問題があり、おかしい、罪深い、という感覚を持っています。いくら考え方を変えてもこの感覚をぬぐうことができません。スティグマ感(らく印、けがれ)といいますが、自分には一生取れないらく印を押されているように感じています。これは人間は原因を人に帰属させる傾向によるものと考えられます。トラウマのようなひどい経験が自分の身に起こった理由を自分に帰属させてしまうことで(私は良い子ではないから、ひどい目に遭った。)、スティグマを背負うことになります。
・能力、パフォーマンスを低下させる
トラウマという大容量の記憶が常に、ワーキングメモリを占め続けることで、脳は今ここで力を発揮することよりも、過去の記憶の扱いにエネルギーを取られ続けます。さながら、不要なソフトが動きすぎて動きが重いコンピューターのようです。そのために、本来であれば何でもない仕事でも、動きが遅くなり、うっかり忘れ、ミスやトラブルを起こすようになります。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
「あなたの仕事がうまくいかない原因は、トラウマのせいかも?」
・対人関係がうまくいかなくなる。相手からバカにされたり、支配されてしまう
トラウマを負っていると特に対人関係に対して弱くなります。これは、特に複雑性トラウマ(慢性反復性トラウマ)が人からもたらされることによります。トラウマを負った人からすれば、人間というのは恐怖、脅威の源であり、避けるべきもの、あるいは戦うもの、その場で固まって動けなくして身を守る対象なのです。そのため、相手に対して妙にヒステリックになって攻撃的になったり、逆にへりくだったり、相手の言うことを何でも聞いたり、おどおどと下手に出てすぐに謝ってしまったりします。その結果、相手からバカにされたり、支配されたり、ということが起きます。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
・自らトラウマを再演する
トラウマを負うと、自ら体験したトラウマを被害者、あるいは加害者の立場で無意識に再現しようとしてしまうことが起こります。例えば、性的虐待にあった方が、再びひどい性的な体験を誘発するような関係に身を置いたり、風俗業で働いたり。支配的な体験、ネグレクトされた体験を持つ方が、同じような人間関係を持ったり。逆に、自分が虐待する側に回ったり、といったことが生じます。これは、よく俗にいうような、本人に原因があって本人が引き寄せているということではありません。本人は一切悪くありません。
記憶というのは再びその記憶を感じて適切に処理できれば解消できる、という性質を脳や体が知っているために行われることだと考えられます。ただ、多くの場合、そうした再演は安心、安全な環境で行われるものではなく、トラウマが解消されることはありません。
・依存症(し癖)を引き起こす
トラウマは依存症(し癖)を引き起こすことが分かっています。依存症とは、弱さ、だらしなさによってではなく、問題を自分で解決しようとする「未熟な自己治療」の結果として生じます。トラウマによって引き起こされる恐怖、不安、寂しさ、緊張、興奮などを緩和させるためにアルコールやギャンブル、薬物などへの依存に陥ってしまうのです。
→「依存症(アルコール等)とは何か?真の原因と克服に必要な6つのこと」
・理解してもらえない
複雑性トラウマに多いのですが、対応できる専門家が非常に限られるため、医師やカウンセラー、家族などからもトラウマによる症状の機微、細やかな悩みの実情を理解してもらうことはとても困難です。単なる「適応障害」「うつ病」という診断名がついて終わり、ということも珍しくありません。また、トラウマ記憶の特性として言葉にできないことから、いざ友人に相談しても言葉にできずに、「気のせい」と言われて落胆してしまいます。
→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの根本原因と克服」にもどる
関連する記事はこちらをご覧ください。
→「あなたの仕事がうまくいかない原因は、トラウマのせいかも?」
→「【保存版】災害(震災、水害、事故など)時の心のケアと大切なポイント」
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(参考)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
大嶋信頼「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」(青山ライフ出版)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
など
●お悩みについてお気軽にご相談、お問い合わせください
”トラウマ”とはストレスによる心身の失調のことを指します。私たちは誰もが影響を受けているといってよいくらいトラウマは身近なものです。※トラウマを負うと、うつ、不安、過緊張、対人関係、仕事でのパフォーマンス低下、身体の不調、依存症、パーソナリティ障害などさまざまな問題を引き起こすことが分かっています。
ブリーフセラピー・カウンセリング・センター(B.C.C.)はトラウマケアを提供し、お悩みや生きづらさの解決をサポートしています。もし、ご興味がございましたら、よろしければ下記のページをご覧ください。