仕事で力を発揮できないという悩みをお持ちの方はとても多くいらっしゃいます。世の中は結果主義、実力主義ですから、結果が伴わなければ自分の責任とされてしまいます。しかし、どうも納得ができない。直感では、自分はもっと仕事ができると感じているからです。それは決して思い込みでもなんでもなく真実です。実は仕事でのパフォーマンス低下背景にはトラウマ(Trauma)が潜んでいる可能性があります。前回につづき、医師の監修のもと公認心理師が、そのことをまとめてみました。
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<作成日2019.9.22/更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
トラウマによって仕事がうまくいかなくなる原因、メカニズム(つづき)
・”力関係”や感情で成り立つ人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。
・過剰な客観性
・最初は良いが、最後にいつも悪い評価を下される
・礼儀やマナーが苦手~非常事態モード
・自分だけが怒られる。バカにされる~解離と罪悪感などによる精神的な支配
・仕事がうまくいかない、という悩みを克服する8つの方法
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トラウマによって仕事がうまくいかなくなる原因、メカニズム(つづき)
・”力関係”や感情で成り立つ人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。言われっぱなしになったり、バカにされてしまう
・”力関係”で負けてしまう
”力関係”というのは決して仕事での地位や権力関係、あるいは交渉での駆け引きということではありません。”力関係”とは、対人関係における精神的な関係性のバランスのことです。
相手から急に意外なことを言われたり、ネガティブなことを言われたときに、頭が真っ白になってしまったり、言葉が返せない、という経験がないでしょうか?それはニュートラルな“力関係”が作る前提の心身のコンディションが整っていないために起きます。
トラウマにさいなまれていると、脳内の伝達物質の不調をきたし、とっさに対応ができなくなってしまうと考えられます。また、頭の中で自分を責めるようなことを考えていても同様にうまく対応することができません。その結果、力関係で負けてしまって、言われっぱなし、バカにされる、なめられる、ということがあります。
・二元論的な人間関係
世の中の人間関係は、二元論的にできています。一つは、「人間はみな分かり合える」「誠実に接すればいい」というような建前の部分。
もう一つは、人間も動物なので、“力関係”や嫉妬や恐れ、反感など、感情によって成り立っているという本質(土台)にかかわる部分です。”力関係”とは地位や権力の上下や駆け引きという意味ではなく、1対1での人間関係の関係性のバランスのことであり、そのバランスを支える心身のコンディションのことです。
世の中で人間関係をうまくこなすためには、建前と本質(土台)の両者を兼ねそなえていく必要があります。これは成熟するための発達課題とも言えます。
・トラウマによって人間関係に対処できない
しかし、トラウマにさいなまれていると時間が幼いままで止まっているので、そのことをうまく理解できません。また、脳内のホルモンや血糖のバランスも崩れているために”力関係”でニュートラルとなることができません。力関係でニュートラルになれてこそはじめて建前は実現していくものです。
トラウマにさいなまれていると理想主義的になり、本質部分を抜きにして良い人間になろう、純粋な関係だけを求めようとしまいます。そして、現実の人間関係では”力関係”で負けてしまい、自分ばかりが惨めな思いをしてしまいます。とりわけトラウマを負っていると悪意などのネガティブな感情にとても弱いのです。
・過剰な客観性
世の中は、それぞれの人間の主観と主観のぶつかり合いという側面があります。 「客観」なるものはどこにもありません。しかし、トラウマにさいなまれていると、現実には存在しない”客観的な視点”に意識が解離してしまい、常に自分や物事を客観的にチェックするようになってしまいます。
そして、客観的な基準から見て自分は偏っていないか、間違っていないかと恐れて自信をもってふるまえなくなってしまいます。そのうち、声の大きな人に負けてしまい、自分は我慢しなければならなくなってしまいます。
・合わない人や職場にこだわってしまう。過剰な義理堅さ
仕事においては合わない人や合わない職場はあります。本来であれば、そうした環境は遠ざけて、自分に合う環境を求めていくことが必要です。しかし、「なんとか認められよう」「厳しい環境で自分を成長させよう」「逃げてはいけない」あるいは「申し訳ない」として合わない状況に執着してしまいます。
そうした状況では努力は報われることはありません。どれだけ努力しても否定されたり、認められない、ということが起きます。人間観の未熟さから過去の人間関係のイメージを持ち込んでしまうこともあります。
例えば、教師-生徒の関係。上司は教師ではないにもかかわらず、学校の教師のように厳しくも自分を見守ってくれると錯覚して、ブラックな上司の理不尽さと言い訳を真に受けてに従い続けるといったことも起きます。そうしてボロボロになってしまい、働く意欲を奪われていきます。
自分に合わないものにこだわってしまうことも、実はトラウマの症状の一つです。過去に受けた理不尽な状況を再現したような環境には特にこだわってしまうのです。
・褒められるとのぼせてしまい、怒られると過度に凹んでしまう
トラウマにさいなまれていると時間が止まるために健全な自己愛の発達の遅れが生じます。自信満々な部分と自信のなさとが同居することがあります。直感的に感じる自己評価は高く、褒められるとのぼせやすい傾向があります。怒られると過度に凹んでしまいます。これは、相手の評価をそのまま自分そのものとしているからです。
相手の評価はあくまで仕事という作業に関わるものにすぎませんが、頭で分かっていても、落ち込みをおさえることができません。
自分のことを本当に理解してくれる物わかりのいい先輩や上司がどこかにいるのでは、というファンタジーを抱いていることがあります。
・最初は良いが、最後にいつも悪い評価を下される
相手の評価に合わせて、できないことも無理に引き受けてしまいます。最初は、エネルギッシュに活動して成果を上げることができます。褒められると天にも昇る気分ですが、過度に広げすぎた風呂敷をたたみ切れず、結局最後にはいつも悪い評価をくだされてしまいます。
特に長丁場で山あり谷ありというようなプロジェクトは苦手です。躁的防衛で鼓舞して、自分の弱点を隠す努力が続かなくなり、息切れして、対人恐怖が襲ってきます。先手を打つべき調整ができなくなり、相手が怒りだしたり、段取りがうまく取れなくなっていきます。
これも、能力のせいではありません。トラウマによって引き起こされた一時的なものですが、本人はトラウマのせいとは思えずに、苦しみます。
・礼儀やマナーが苦手~非常事態モード
横柄な態度などからどこか礼儀やマナーが欠如しているように相手の受け取られます。しかし、本人の中では実はコンプレックスがあり、過度に礼儀を意識しています。意識しても、うまくそれらが積みあがって身につく感覚がありません。
礼儀とは、愛着形成とともに安心できる環境があって初めて表現できるものです。
本人は、トラウマによって戦場のジャングルをさまよっているような状態です。そのために、礼儀よりも生存を優先した態度になってしまいます。その場を乗り切るコミュニケーションとなってしまい、どこか失礼で、わかっていても改善ができない状態が続きます。
本人にマナーがないわけでも常識がないわけでもありません。非常事態モードで生きているためにうまく表現できないのです。
・自分だけが怒られる。バカにされる~解離と罪悪感などによる精神的な支配
「解離」と言いますが、トラウマの恐怖から逃れるために、感情を切断し、意識を飛ばして、自分を守ろうとします。そうすると、相手と感情のこもったいきいきとしたコミュニケーションができなくなり、表情は能面のようになります。
そのため相手からすると、尊重してもらえていない、バカにされていると思われて、その結果、自分だけが過度に怒られたり、目の敵にされるようになります。
さらにトラウマによって、自信を喪失しています(抑うつポジション)。感情を表現しない、自分をおさえることで、対人関係でのエネルギーをおさえていますから、相手との関係で負けてしまい、相手からマウンティングされるように押さえつけられてしまいます。
バカにされたり、自分ばかりが目の敵にされるようなことが起きます。罪悪感が強いことや、理想が高く、自分を磨いて向上させたい、という意識を利用されて支配的な上司や経営者に精神的に支配されやすくなります。
仕事がうまくいかない、という悩みを克服する8つの方法
1.仕事がうまくいかないのは、自分のせいだと思わない
現在の問題は、自分の人格のせいでも能力がないせいでもありません。トラウマが影響して、自分の言動がおかしくなってしまっているだけです。ですから、自分のせいだと思う必要はありません。自分を責める必要は全くありません。
2.過去の失敗は自分のものではない
事実というのは作られるものです。特に、トラウマによって、ミスが起きやすくさせられていますし、さらにマウンティングされ精神的に支配されている場合は、ミスとは言えないようなグレーなものまで取り上げて、ミスだと言って、指摘されることも起きます。
事実は、そうした環境の中で作られるものです。過去の失敗は、自分のものではなく、トラウマティックな環境を反映したものであって、自分のせいでもないし、実力を反映したものではありません。
3.スキルや能力を高めてもうまくいかない
本屋さんにあるようなコミュニケーションの本や、NLPのような自己啓発に取り組んでも根本的には解決しません。研修を受けたり、知識を身に着けてもうまくいきません。
なぜなら、トラウマによって引き起こされた問題の特徴は「分かっちゃいるけどやめられない」ということだからです。頭ではわかっているのです。でも、恐れや不安がふいに沸いてきて、動けなくなってしまう。思うように行動できなくなって、パフォーマンスが低下してしまうのです。
4.人格や性格、能力の問題ではない~社会性過多にさせられている
いま仕事がうまくいかないのは、人格や性格、能力の問題によるものではありません。社会性、協調性がないのでもありません。逆に過剰適応によって社会性過多、協調性過多になっているのです。
自分には常識がない、人格がおかしいと思い込まされて、過剰に社会的、協調的であることを意識させられすぎて身動きが取れなくなってしまっている状態なのです。むしろ、社会に適応しようとすることをおさえ、自分を信頼し、自分の基準を取り戻すことのほうが必要です。
ただ、トラウマにさいなまれている状態で、「自分のペースでいいのだ」と開き直るとどうしても無理やりテンションを上げるような状態になってしまいます。まずはトラウマをある程度解消することが必要です。
5.問題の原因、メカニズムを知る
この記事で紹介したようなメカニズムをご自身でも知ることです。トラウマによって、自分でいることを妨げられているために問題は生じています。そのメカニズムを知るだけでも思いがけない力に巻き込まれることを防ぐことができます。
6.ニュートラルな”力関係”を作るためのコンディションを整える
仕事におけるより良い人間関係を作るためには、ニュートラルな関係性を築く必要があります。仕事ではさまざまなストレスや、プレッシャーがかかります。そうした中で、心身のコンディションが整っていないと、とっさのことにうまく対応できません。
特に、いつも自分を責めていたり、生体的にもトラウマによってホルモンのバランスや脳内のエネルギーが低下していると、相手にやり込められて不快な思いをさせられてしまいます。ニュートラルな”力関係”を実現するためには、心身を強かに整える必要があります。
その方法の一つとして、脳の機能を低下させる大きな原因となるトラウマを解消する必要があります。
7.自分に合う人や環境を選択する
私たちにとって大切なことは、自分に合う人や環境を求めて、選択していくことです。トラウマを負っていると、どうしても、自分に合わない人にこだわってしまいます。
しかし、それらは本心ではないことが多い。過去に受けた理不尽な環境を再現しているだけなのです。厳しい上司や会社は、本当はあなたのことなどは考えてくれていないかもしれません。自分に合わない環境にこだわることはトラウマによる症状です。そこから抜け出すことが大切です。環境によって人間は大きく変わります。今の状況に縛られずに、自分に合う人や環境を選択しましょう。
8.トラウマを解消する
今まさに苦しんでいるのでしたら、トラウマケアを受けてトラウマを解消することが必要です。トラウマの解消については、よろしければこちらを参考にしてください。
→トラウマについてくわしくはこちらをご覧ください。
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
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(参考)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
大嶋信頼「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」(青山ライフ出版)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など