吃音(どもり)とは、なかなか手ごわい悩みです。取り組むためには正しい知識を持って取り組む必要があります。インターネットでは古い情報、商材の販売目的のページなどが氾濫し正しい情報を得ることが難しくなっています。医師の監修のもと、自身も吃音克服を経験した公認心理師が、吃音(どもり)を治す、克服するために必要な視点についてまとめてみました。よろしければご覧ください。
⇒吃音(どもり)について関連する記事はこちらをご参考くださいませ
「吃音(どもり)とは何か?本当の原因や症状を理解する7つのこと」
<作成日2015.10.15/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
1.吃音(どもり)という悩みの構造を理解する
2.内的環境によって生じる「吃音(どもり)」~心身症としての吃音
3.吃音(どもり)が治るとはどういう状態か?
4.吃音(どもり)へのアプローチの方法
5.吃音治療とは基本的に環境(内的/外的)にアプローチして調和をもたらすものである
(下)につづく
[(下)のもくじ]
6.心理療法では吃音(どもり)の悪化要因を解消していく
7.心理療法でどの程度良くなるのか?
8.心理療法は漠然と行っても効果はない
9.吃音治療に良いセラピスト、良くないセラピストの条件
10.吃音(どもり)に取り組むための心構え
1.吃音(どもり)という悩みの構造を理解する
・発吃
まずは、吃音(どもり)という悩みがどういった要素で構成されているかを理解することが大事です。
吃音(どもり)ははっきりとした原因はまだわかりませんが、そのメカニズムのについて、かなりのことがわかってきています。別の記事(「吃音(どもり)とは何か?正しく理解する7つのこと」)でまとめていますが、吃音(どもり)は小児期の発達の過程で生じる症状です。言語の発達に発話が追いつかないために非流暢性が生じることから始まります。
どもっている際の脳の動きを確認すると「右半球が過活動で、左半球が低活動」で感覚運動がうまく統合されていないことがわかってきています。子どもの発吃のメカニズムと同じように、発話に必要な機能のバランスがうまく取れていないことがわかります。
普通は発話の発達と語彙などとのバランスがうまく取れてくることで症状は落ち着いてきます。子どもであれば発症しても7~9割は自然回復していきます。しかし、ストレスがかかる言語環境に置かれ続けると、非流暢さは回復せず症状が進展していくことになります。
次に進展の過程を見ていきたいと思います。
・「吃音(どもり)」という症状の進展
Bloodsteinがまとめた「吃音の進展段階」というものがあります。
自分の症状や、吃音(どもり)という悩みの形成を理解する上では役に立ちます。
吃音(どもり)は、第一層から始まり症状が出たり出なかったり、あるいは二層から一層に戻ったりしながら進展し、四層まで行くと基本的に自然回復することはないとされています。いわゆる幼い頃から吃音(どもり)で自然回復せずに成人になっても吃音(どもり)に悩んでいる状態は第四層であることが多いとされます。
・第一層
(吃音症状)
・連発(繰り返し)
・伸発(引き伸ばし)
(認知および感情)
・すべての場面で自由に話す
・吃音の自覚なし
・まれに瞬間的なもがき
・恐れ、困惑なし
・情緒的反応なし
・第二層
(吃音症状)
・難発(阻止:ブロック)
・随伴症状
・連発
・伸発
(認知および感情)
・自由に話す
・吃音の自覚あり
・非常に困難な瞬間は、「話せない」などと言うことがある
・第三層
(吃音症状)
・回避以外の症状が出そろう
・緊張性にふるえが加わる
・語の言い換え
・吃音から脱するための工夫をたくみに使う
(認知および感情)
・発話前の予期不安あり
・吃音を隠す工夫を始める
・吃音を嫌い、恥ずかしく思う
・恐怖はない
・第四層
(吃音症状)
・回避が加わる
・吃音から脱するための工夫を行い、一見、どもっていない
・連発、伸発は減少
(認知および感情)
・吃音への恐怖あり
・話す場面を回避し、周りの人に誤解されている
・一人で吃音の悩みを抱える
以上のように、
受け手の反応や期待などのストレス、成長とともにネガティブな心理などが加わるなど、適切な対処が取られないことが積み重なると、自然回復せず、「吃音(どもり)」という悩みが完成します。
つまり、吃音(どもり)はその初発の原因は不明ですが、症状の進展は明らかに環境や心理などが影響して形成されていくものであることがわかります。
・吃音(どもり)を構成する要素
・「CALMSモデル」
「CALMSモデル」といいますが、吃音(どもり)を構成する要素をまとめたものです。
Cognitive:知識面
Affective:心理/感情面
Linguistic:言語面
Motor:口腔運動能力
Social:社会性
・「吃音問題の立方体モデル」
さらにそれらをジョンソンの「吃音問題の立方体モデル」に当てはめると
X軸(吃音の程度:M、L)
Y軸(聞き手の反応:S)
Z軸(話し手の心理的反応:C、A)
となります。※アルファベットはCALMSモデルの頭文字です。
X軸が発達の過程で発症し、Y軸、Z軸が進展し「悩み」の立方体が膨らんでいくというイメージです。X軸は言語的な体質ですが、そうした素因があっても、環境(聞き手の反応)、心理(話し手の心理的反応)が適切であれば「問題」とはならなくなります。
吃音(どもり)はいわゆる言語障害ではないと言われています。もし、言語障害でしたら独り言の時など、言語環境が良い時でもどもるはずだからです。
吃音(どもり)という悩みの解決は、その悩みの形成のプロセスを巻き戻すように取り組んでいきます。まず、このことを知ることが大切です。
2.内的環境によって生じる「吃音(どもり)」~心身症としての吃音
吃音(どもり)という症状の特殊性ばかりに目を奪われてしまいますが、実はイップスなど精神が影響して身体が思うように動かなくなることは決して珍しくありません。イップスは、ゴルファーやテニスプレーヤーがプレッシャーから自分の動作に意識を向けすぎることで思うように腕などが動かなくなることです。
この際も、もちろん遺伝子や脳の働きを確認すれば何か異なる要素を見つけることができるでしょうが、心理的な影響が大きいことは明らかです。
吃音は耳鼻咽喉科や小児科の担当領域として、言語障害や行動障害という観点から捉えようとすることが多く心身相関の観点は薄いものでした。しかし、心身症として捉える立場も古くからあります。心身症とは、「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与。器質的ないし機能的障害がみとめられる病態をいう」とされています。
身体に与える心理の影響について面白いエッセイがありますので引用させていただきます。
「ムカデの自意識」(田坂広志『自分であり続けるために』より)
「百足」と書いて、「ムカデ」と読む。この不思議な虫の、苦難の物語です。
ある暑い夏の日、ムカデが一生懸命に歩いていました。
すると、通りかかったアリが言いました。ムカデさん、凄いですね。
百本もの足を、絡み合うことなく、
乱れることもなく、整然と動かして歩くなんて、
さすがですね。その誉め言葉を聞いて、
ムカデは、ふと考えてしまいました。なぜ、自分は、これほどうまく百本の足を動かせるのだろうか。
アリさんの言うとおり、絡み合うこともなく、乱れることもなく、
なぜ、整然と動かして、歩くことができるのだろうか。そう頭の中で考え始めた瞬間に、ムカデは、一歩も歩けなってしまいました。
先ほどまで、何の苦もなく無意識に動かしていた足を、
一歩も動かすことができなくなってしまったのです。このムカデの姿は、我々の姿に、似ています。
自意識の病。
その病によって、
我々はいつも力を発揮できなくなってしまうのです。
動けなくなったムカデの姿は吃音(どもり)と似ています。ムカデに必要なのは技能としての歩行訓練ではなく、自信を回復することだということはおわかりだろうと思います。歩行訓練をしたとしてもそれは自信を持たせるためです。吃音(どもり)も同様で自意識という内的な環境を適切なものとすることで自信を回復し、流暢性を取り戻していきます。
(自意識というのは単なる個人の意識ということではなく、内面化された環境のことです)
3.吃音(どもり)が治るとはどういう状態か?
吃音(どもり)が治る、ということについても明確な定義はありません。臨床家によっても異なります。
立場はさまざまですが、(吃音で悩んでいない)普通の人のようになること というのは共通しているのではないでしょうか?
その際に大切なことは、普通の人も言葉が乱れるなどの非流暢さはある程度持っている、ということを知ることです。吃音当事者や支援者も普通の人は乱れなく話ができている、とつい思いがちですがそんなことはありません。言葉に詰まることはあるし、乱れることもある。ただ、否定的な感情や圧力という環境にないだけです。
吃音(どもり)が治るというのは、普通の人と同じ程度の“非流暢さ”になるということであり、アナウンサーのようにスラスラと喋れるようになることではありません。自分なりの話し方で、コミュニケーションへの意欲を持って自然と無意識に話ができるようになることです。
吃音(どもり)が治るということの定義が、「完全なる流暢さ」だとしたら、その目標自体が圧力となって、吃音(どもり)を引き起こし続けさせるという悪循環になりえるのです。「吃音が治る」という目標設定をしっかりと行うことはとても大事です。
4.吃音(どもり)へのアプローチの方法
吃音(どもり)へのアプローチには、「直接法」と「間接法」とがあります。
それぞれについてご説明させていただきます。
・直接法
「直接法」とは、流暢性形成法など、言葉の乱れそのものにアプローチするものです。 直接法は、“直接”とは言いますが、あくまで対症にアプローチするもので、原因に直接アプローチするという意味ではありません。代表的なものとして流暢性形成法と緩和法、2つをあわせた統合法があります。
・流暢性形成法
DAF(遅延聴覚フィードバック装置)やメトロノーム、斉読、シャドーイングなどをもちいて、流暢な会話の確立を目指すものです。心理的感情へのアプローチは一切行いません。
・緩和法
吃音(どもり)への恐怖、回避を低減し、より自然にどもる方法を身につけようとするものです。
・統合法
ギターによって確立された方法で、流暢性形成法と緩和法をあわせて用いる方法です。
直接法は、訓練室の中では効果がありますが持続性がなく、日常生活に戻るとすぐに元に戻ってしまいます。DAFも会話では効果がないことがわかっています。
昔、吃音(どもり)で悩んでいた人たちがいくら訓練を積んでも回復しない、それどころか自尊心が傷つき、それ自体が回避行動となり、むしろ悪化したりといった歴史もあります。臨床アプローチとして疑問を持つ臨床家や吃音当事者は多い。
目白大学の都筑澄夫先生も、当初教科書に沿った発話訓練などを行っていたが患者はちっとも良くならなかったと回顧されています。教科書を全て捨てて一から患者の実態に即した方法を考えていこうとメンタルリハーサル法(間接法の一つ)につながっていったと言われています。
事実、統合法で知られるGuitarも直接法で治るのは症状の軽い初期の吃音(どもり)のみで、受容可能な吃音(どもり)が現実的な目標、としているなど成人の吃音(どもり)では治ることを目標とはしていません。
吃音(どもり)で悩む人たちは100%の力が発揮できれば問題なく話せます。いわゆる言語障害ではないものが吃音(どもり)です。そのため、少なくとも現時点で直接法はあくまで自信を持たせるためや、さまざまな方法を行った結果どうしても改善しない方が症状を緩和させるためのものです。
九州大学病院の菊池先生も
「言語療法の効果は訓練室だけのものである」
「発話前の情動(不安・恐怖)を和らげないと、いかなる言語療法も無効である」
と述べています。
・間接法
間接法とは、吃音症状にではなく、それを支える心理症状や環境にアプローチする方法です。基本的に、吃音(どもり)に対するアプローチは間接法が基本と考えて良いと思います。
・環境調整法
吃音(どもり)を取り巻く言語環境、養育環境(成人であれば、日常や職場での環境)を整えることで、過剰とされる干渉や心理的圧力を取り除くことで内的環境を整えていくことです。
幼年期は環境依存性が高く内的環境が未成熟なため環境調整の効果は高く、一方、大人は内的環境として環境を内面化している割合が高いために心理療法などでアプローチすることが必要です。
基本的に、一層、二層の子どもは環境調整法がメインとなります。三層、四層の場合は心理療法などと併用されることになります。成人は心理療法がメインとなります。
・遊戯療法
遊戯療法とは、言語によって気持ちを表現することができない子どもに対して遊戯を通じて情緒面の改善を図るものです。
・リッカムプログラム
オーストラリアのシドニー大学で開発された幼児向けの臨床プログラムです。主に6歳までの子どもに適応されます。オペラント学習を用いた行動療法です。家庭で、楽しく話しをする中で流暢に話ができた際に称賛や評価を返すなど流暢性を増加させていく方法です。
・メンタルリハーサル法
目白大学の都筑先生が実践されている日本独自の治療法です。生まれてきて現在まで否定的な場面を対象にうまくできている場面を描いて系統的に脱感作を行っていく方法です。また、回避行動についても行わないように指導します。イメージを描ける必要があるため、小学3年以上から成人に適応されます。
参考)→「都筑吃音相談室」
・その他心理療法:認知行動療法やトラウマ療法など
十分なエビデンスはまだありませんが、認知行動療法やトラウマ療法などで内面環境にアプローチする方法があります。内面環境にアプローチする、あるいは否定的に認知を修正することはまさに心理療法の領域になります。今後、本格的な適応が期待されるアプローチの一つです。
吃音(どもり)はどちらかというと、言語聴覚士などによる直接的アプローチが主とされてきたこともあってか、心理療法によるアプローチの事例は多いとはいえず、研究によるエビデンスの確立も求められています。
5.吃音治療とは基本的に環境(内的/外的)にアプローチして調和をもたらすものである
吃音(どもり)は、原因に直接アプローチできない以上、治療とは全て対症療法であり、結局環境にアプローチするということです。環境を通じた対症療法と言っても、決して次善策ということではありません。
吃音(どもり)の進展段階を見てもわかりますが、最初はごく無意識的な非流暢性から始まったものが環境要因によって進展していき、「吃音(どもり)」という悩みを形成していることがわかります。
その際、外部にあった環境要因を自我の確立とともに内面化していきます。最初はなんとも思っていなかった周囲の視線や指摘を自分の中での信念として取り込んだり、自分の言語活動を自ら監視して非流暢さばかりに目を奪われたりして、徐々に言葉にとって“有害な”内的環境が完成していきます。
吃音治療とは、この段階を巻き戻すようにして、ごく正常なレベルの非流暢さ(流暢さではなく)にまで戻す、調和させるということなのです。
もし、仮に言語療法を行うにしても、あくまで流暢さへの自信をつけて内的環境を整えるために行われます。
繰り返しになりますが、100%の力が発揮できれば、重度の吃音であっても問題なく話せるわけですから、そのための環境を整えることが最も必要とさせるアプローチなのです。
(下)につづく:吃音(どもり)に取り組むための心構え、など
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(参考)
小林宏明・川合紀宗「吃音・流暢性障害のある子どもの理解と支援」(学苑社)
バリー・ギター「吃音の基礎と臨床」(学苑社)
都筑澄夫編著「改訂 吃音 言語聴覚療法シリーズ13」(建帛社)
都筑澄夫「吃音は治せる」(マキノ出版)
都筑澄夫編著「間接法による吃音訓練」(三輪書店)
菊池良和「吃音のリスクマネジメント」(学苑社)
菊池良和「エビデンスに基づいた吃音支援入門」(学苑社)
菊池良和「吃音のことがよく分かる本」(講談社)
マルコム・フレーザー「ことばの自己療法」
飯高京子、若葉陽子、長崎勤編「吃音の診断と指導」(学苑社)
など