近年、急速に知られるようになった発達障害、ASD(アスペルガー障害)ですが、奥が深く、正しく理解しようとするにはなかなか難しいテーマです。当センターでは、医師の監修のもと公認心理師が発達障害、アスペルガー障害を深く理解できるように解説してまいります。よろしければご覧ください。
<作成日2016.2.4/最終更新日2026.9.9>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍(累計約4万部)、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・発達障害(Developmental disability)とは何か?
・大きく変わる?!臨床心理学
・あなたの悩みが治りにくいなら~発達特性のせいかも
・発達の「凸凹」は誰にでもある
・天才や才能を生む「発達凸凹」
・ステレオタイプで誤解される大人の発達障害
・運動音痴、味音痴は発達障害?
・異文化としての発達凸凹
・”定型発達症候群”
・”デュアルモード”としての人間
・あらためて、発達障害の”原因”とは何か?
・発達凸凹は発達する~それぞれのスタイルで成熟していく
→大人の発達障害、アスペルガー症候群の症状、特徴や診断については、下記をご覧ください。
▶「大人の発達障害・ASD(アスペルガー症候群)かどうかを判断するポイント」
▶「大人の発達障害、ASD(アスペルガー症候群)の症状、特徴~公認心理師が具体的に解説」
強いストレスやトラウマの影響によって、集中しにくい、対人場面でうまく振る舞えない、過緊張になる、ミスが増えるなど、発達特性と似て見える状態が生じることがあります。実は、愛着障害、発達性トラウマによっても発達障害と類似する症状が生じることも報告されています。一方、ASDは神経発達症であり、特性は発達早期からみられます。そのため、現在の症状だけを見るのではなく、子どもの頃から社会的コミュニケーションや行動・興味の特徴がみられたか、現在のストレスやトラウマによって状態が悪化していないか、両方の可能性がないかを丁寧に確認することが重要です。
当センターでは、元の気質の要因、そして、環境の要因とを分けて見立てを行い、現在の生きづらさにトラウマや過緊張などがどの程度影響しているのかという観点から支援を行っています。最近はグレーゾーンということも注目されていますが、より一層の見立てが大切です。その上で特徴にあった環境を選択する、必要があればトラウマケアなどによって発達過程で負ったストレス障害やハラスメントの影響を除いていくと、生きづらさはかなり改善されていきます。実際に、トラウマケアは発達障害の方にもとても効果があると感じます。
発達障害(Developmental disability)とは何か?
まず、冒頭では発達障害についての定義や種類についてかんたんに整理したいと思います。
・定義とその種類
発達障害とは、脳や神経系の発達にかかわる特性によって、認知やコミュニケーション、行動、学習などにさまざまな特徴がみられる状態を広く指す言葉です。こうした特徴は発達の早い時期からみられますが、その現れ方や程度は人によって異なります。また、本人の特性だけでなく、生活する環境との関係によっても、困りごとの現れ方はさまざまです。
現在のDSM-5-TR(『精神疾患の診断・統計マニュアル』)では、一般に「発達障害」と呼ばれるものに関連する診断は、主に「神経発達症群」という大きな分類の中に位置づけられています。神経発達症群には、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症、知的発達症などが含まれています。
発達障害の権威である杉山登志郎教授は、「発達障害とは、子どもの発達途上において、何らかの理由により、発達の特定の領域に、社会的な適応上の問題を引き起こす可能性がある凹凸を生じたもの」と定義し、
「発達障害=発達凸凹+適応障害(適応反応症)」
と表現しています。
つまり、発達上の特徴や「凸凹」があることだけで、ただちに障害と捉えるのではなく、その特徴と環境との関係によって、実際の生活や社会適応にどのような困難が生じているのかを見ていくことが大切です。
・種類
発達障害は代表的なものとして以下の4つのものがあります。上記にも書きましたように、あくまで大くくりな診断名ですから、個々のケースの特徴を理解する必要があります。
・自閉スペクトラム症(ASD)
対人関係や社会的コミュニケーションの困難と、限定された興味やこだわり、反復的な行動などの特徴がみられます。
・注意欠如多動症(ADHD)
不注意と、多動性・衝動性を中心とした特徴がみられます。
・限局性学習症(SLD)
読む、書く、計算するなど、特定の学習領域に困難がみられます。
・知的発達症
知的能力と、日常生活や社会生活に必要な適応機能の両面に困難がみられます。
これらはそれぞれ別の診断ですが、複数が併存することもあります。たとえば、自閉スペクトラム症とADHDが併存したり、知的発達症を伴ったりする場合があります。
・名称について
自閉スペクトラム症については、これまで「自閉症」「アスペルガー障害(アスペルガー症候群)」「高機能自閉症」「広汎性発達障害」「自閉症スペクトラム障害」など、さまざまな名称が用いられてきました。そのため、初めて学ぶ方には違いがわかりにくいかもしれません。
現在のDSM-5-TRでは、それまで「自閉性障害」「アスペルガー障害」などとして分けられていたものを、**「自閉スペクトラム症(ASD)」**という一つの診断の中で捉えています。
自閉スペクトラム症(ASD)は、主に、対人関係や社会的コミュニケーションの持続的な困難と、限定された興味やこだわり、反復的な行動などを特徴とします。感覚の過敏さや鈍さなどがみられることもあります。その特徴の現れ方や程度は一人ひとり異なり、必要となる支援の程度もさまざまです。
「アスペルガー障害(アスペルガー症候群)」は現在のDSM-5-TRでは独立した診断名ではありませんが、現在でも一般には広く知られている名称です。そのため、本記事でも必要に応じて「アスペルガー障害」「アスペルガー症候群」という名称を用いながら解説しています。
・データで見る「発達障害」
DSM-5-TRでは、米国における自閉スペクトラム症の有病率は、子ども・成人ともに人口の1~2%程度とされています。これは、およそ50~100人に1人に相当します。また、米国以外の国では1%前後に近づいており、世界の有病率の中央値は0.62%とされています。
日本では、自閉スペクトラム症を対象とした最新の全国一律の有病率調査はなく、厚生労働省もアスペルガー障害単独の割合を公表していません。一方、弘前大学などの研究グループが2013~2016年に青森県弘前市の5歳児を対象に行い、2020年に発表した地域悉皆調査では、自閉スペクトラム症の調整有病率は3.22%でした。これは約31人に1人に相当します。
ここまでは発達障害についての基本的な定義や種類を整理してきました。ここからは、発達障害をより深く理解するために、その特徴や背景について詳しく見ていきます。
大きく変わる?!臨床心理学
臨床心理学は基本的に、定型発達の方が悩みや疾患に陥る、というモデルで作られているとされます。一般的な悩みを“神経症”、精神疾患として“統合失調症”あるいは“双極性障害”、“うつ病”、それらの間にあるよくわからないややこしい症状は“境界例(パーソナリティ障害)”としてきました。
・“発達(障害)”という視点の導入
しかし、近年、“発達(障害)”という視点を導入することで、これまでは対応が難しいケース、非定型的なケース、境界例、パーソナリティ障害、例えば統合失調症と診断していたものの多くが「実は“発達障害”なのでは」と言われるようになってきました。
つまり、これまでは定型発達の人を基準に考えていたために、それにあてはまらないものは「境界例」「非定型」、理解できない人たちは「パーソナリティ障害」とされ、本当は発達(障害)による特徴を見逃してきたのではないか、ということです。
・見直される”難しい症例”
パーソナリティ障害だけではありません。
「いろんな療法を試したけど自分はなぜか良くならない」
「良くなっては元に戻ってを繰り返す」
「慢性化して、ずっと悩みを抱えてモヤモヤしている」
といったさまざまなケースで、“発達”という視点からあらためて悩みを見なおしてみようという取り組みが進んできています。
実際に、発達という視点を持って取り組むと、それまで動かなかったケースが大きく改善するようになる事が珍しくないのです。
精神科医で川崎医科大学の青木省三教授は「これまでの成人精神医学に大幅な変更を求めるものになるだろう」と述べています(出典:青木省三、村上伸治「大人の発達障害を診るということ」(医学書院))。
発達障害というのは、決して特殊な人の出来事ではなく、私たち全てに当てはまることです。私たちは皆、発達に特徴があり、人類のすべての人が少なからず発達障害であるといえます。私たちの生きる中で感じる悩み、生きづらさについても、“発達(発達特性)”という視点を踏まえることで理解しやすくなります。
あなたの悩みが治りにくいなら~発達特性のせいかも
あなたの悩みが治りにくいなら、それは、ひょっとしたらあなたの発達特性に起因するものかもしれません。
例えば
・生きづらさをずっと抱えて生きている。
・人間関係がうまく行かず、職場を転々としている。
・うつ病と診断されたけども、治りにくい。
・幻聴が聞こえるのだけれども、統合失調症そのものではないみたい。
など
発達という視点を持って治療に取り組んだ途端、良くなるということは珍しくありません。
ただ、くれぐれも、あなたの悩みが治りにくく、“発達”の視点を持って治ったとしても、たちまちあなたが発達障害、ということではありません。発達という視点を通じて取り組むというのは、あなたの個性や特性を理解するということです。
発達の「凸凹」は誰にでもある
人の発達には誰にでも得意・不得意や個人差があります。こうした「発達の凸凹」そのものと、医学的な意味での発達障害(神経発達症)は区別して考える必要があります。発達特性が一定の診断基準を満たし、生活上の困難につながっている場合に、ASDやADHDなどの診断が検討されます。
・「負けず嫌い」「こだわり」
たとえば、「負けず嫌い」「物事への強いこだわり」「非常に高い集中力」など、一見するとその人の個性や長所として捉えられる特徴があります。発達特性について考える際にも、単に特徴の有無だけを見るのではなく、その程度や現れ方、生活への影響を見ることが重要です。
・日常でも感じる傑出した能力や特徴
過去の会議での発言などをはっきり覚えているような驚異的な記憶力を持つような人がいらっしゃいます。感情に流されず意思決定ができたり、とても論理的に話ができたりする方もいらっしゃいます。ビジネスマンとしては羨ましい能力です。実は、こららも発達障害で見られるとされる特徴です。
こうしたこと以外にも日常のコミュニケーションで相手とズレを感じたりすることってないでしょうか?常識的だと思っていた人とのやり取りでこちらの“常識”が通用しなくて驚くことはないでしょうか?
・ややこしい人たち
ややこしい上司、面倒くさいお客さん、使いづらい部下、こうした人たちが実は“発達”という問題が背景にあると知ったらいかがでしょうか?そして、私たち自身も違和感を感じていたことが“発達”によるものだとしたらどう思いますか。
・誰にでもある「発達凸凹」
最近では、発達障害という言葉は適切ではないとして、「非定型発達」「発達特性」と呼ばれたり、「発達凸凹」と呼ばれています。いわゆる発達障害ではない人のことを「定型発達」といいます。本記事でも、わかりやすくするために「発達障害」という言葉を用いていますが、基本的には誰にでもある「発達凸凹」という意味になります。発達凸凹は誰にでもあるもので、私たちの生き方の土台となっているものです。
天才や才能を生む「発達凸凹」
・才能の宝庫
発達凸凹(発達特性)は、才能の宝庫と言えます。歴史上の有名な科学者や芸術家などは、かなりの割合で発達障害の方がいることがわかっています。発達特性は困難だけではなく、特定の分野への強い関心、細部への注意、独自の視点など、その人の強みとして現れる場合もあります。ただし、特定の才能や個性だけからASDやADHDと判断することはできません。
高機能な発達障害であるアスペルガー障害の別名は、「シリコンバレー症候群」とも呼ばれ、IT産業などの社員の何割かが当てはまるのではないか?と言われています。大学の研究者などでも該当する人は、たくさんいらっしゃいます。
・支障がなければ、たちまち”障害”とされるわけではない
発達特性があることと、発達障害と診断されることは同じではありません。診断では、特徴の有無だけではなく、それが日常生活、学業、仕事、人間関係などにどのような困難をもたらしているかも含めて総合的に判断されます。
「正常」の定義が正規分布の平均に近い状態であり、「異常」が平均から外れたもの、とするならば、才能のある人は、皆、「異常」とされてしまいます。160キロの球を投げることができる野球の投手は平均を外れた規格外な特徴ですが、それが生かせれば「才能」になり、生きていく妨げとなればそれは「障害」ともなりえます。
ステレオタイプで誤解される大人の発達障害
・はん濫するステレオタイプ
本屋さんには「大人の発達障害」「アスペルガー障害かも?」といったタイトルの本がたくさん並ぶようになりました。要は、「職場で空気が読めない変な人がいると思っていたけど、実はあの人はアスペルガー障害なんだ」ということを面白おかしく書いた本です。
そうした本の内容は、明らかに間違っているわけではありません。そこで記されている特徴も、DSM(アメリカ精神医学会の診断マニュアル)などで挙げられているものを踏まえています。しかし、例えて言えば、「アメリカ人は皆、ハンバーガーを食べている」「日本人は背が低い」というような表現に似ていて、確かにそうかもしれないけど、そのもの全体を表現しているとはいえません。
・発達障害は専門家でも全貌を捉えることが難しい
発達障害は研究が広範にわたり、その理解も難しいため、第一線の専門家でも全貌をとらえることが難しいとされています。実は医師やカウンセラーでも発達障害について十分に理解できておらず、硬直的な知識、情報をクライアント側に伝えてしまっている場合もあります。
・とても多様な発達
発達というのは、想像以上に多様なものです。特に、日本では昭和40年以降、1歳未満、1歳6カ月、3歳と乳幼児健診が行われています。また、小学校、中学校と義務教育もあります。典型的な発達障害であれば、そこで見つかることが多いです。
そのため、発達特性は子どもの頃から存在していても、周囲の支援や環境との相性によって困難が目立たず、進学や就職、人間関係など社会的要求が高まってから初めて問題が明確になる場合があります。そのため、成人になってから初めて発達障害と診断される人もいます。
運動音痴、味音痴は発達障害?
もちろん、運動や味覚が苦手だからといって、それだけで医学的な意味での「発達障害」になるわけではありません。ここでは、同じ特性や能力の凸凹でも、置かれた環境によって「障害」として現れる程度が大きく変わる、ということを考えてみたいと思います。
障害の定義とは、「身体障害、精神薄弱又は精神障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。」(障害者基本法)とされています。
社会生活が問題とされるため、発達障害の定義も、社会適応がクローズアップされています。しかし、実は、発達の凸凹はあらゆるところに及ぶのです。
・運動音痴は障害か?
例えば、バラエティ番組で、芸人が自身の運動神経の悪いことをネタにして笑いを取るものがあります。
「なんでこんな簡単なことができないのか?」と思うような簡単な運動、スポーツもうまくできず失敗してしまいます。
そもそも芸人の人口は現在、何千、何万人もいるとされ、テレビに出ることができるのは本の一握りの才能の持ち主たちです。テレビに出ることができている時点でとてもすごいことです。
しかし、運動という領域では大きな苦手さがある。つまり、能力には人それぞれ凸凹があります。一般的な生活では運動能力をそれほど求められないため、この苦手さが大きな「障害」として意識されることはありません。ところが、もしスポーツを仕事とする環境にいれば、同じ苦手さが社会生活や職業生活を送るうえで重大な制約となります。つまり、本人の能力上の特徴が同じでも、どのような環境に置かれるかによって、それが「障害」として大きな意味を持つ場合もあれば、ほとんど問題にならない場合もあるのです。
・味覚音痴も障害なの?
会社員として活躍している味覚音痴の人が、もし料理人の世界に進んだらどうでしょうか?細かな味がわからない。料理人として当たり前のことが苦手だとします。会社員として生活するうえではほとんど問題にならなかった味覚の苦手さも、料理人という環境では、仕事を続けるうえで大きな制約になるかもしれません。同じ能力上の特徴でも、求められる環境が変われば、その「障害性」は大きく変わるということです。
はたまた、方向音痴の人がタクシードライバーに転職したらどうでしょうか。道を間違えて、たちまちその仕事で不適応を起こしてしまうでしょう。しかし、その人が別の仕事に就いていれば、方向感覚の苦手さはほとんど生活上の障害にならないかもしれません
・完璧な”定型発達”など存在しない
このように、人の能力や発達にはさまざまな個人差や凸凹があります。そして、その凸凹が生活上の「障害」として現れるかどうかは、本人の特性だけではなく、置かれた環境との関係によっても変わります。「定型発達」は、こうした多様な発達のあり方を理解するための比較上の概念です。実際の人間は一人ひとり異なる得意・不得意を持っており、あらゆる能力が平均的という意味での「完璧な定型発達」の人が存在するわけではありません。(もし存在すれば、それ自体がまれなために“非定型”な存在とされてしまうでしょう。)
私たちはつい「会社での仕事が社会人の仕事のスタンダード」と思い込んでしまっています。会社の仕事は、世の中の多様な仕事のうちのほんの一握りに過ぎません。事務仕事、計算や段取りを組んだり、交渉したり、接客したり・・・人間ですから、運動や味覚と同じように苦手があって当たり前です。しかし現代の職場では、事務処理、段取り、対人コミュニケーションなど特定の能力が広く求められるため、そうした領域に苦手さがある人ほど、発達上の特性が「困りごと」として表面化しやすくなります。
同じ人でも、自分の特性に合った仕事や環境に移ることで、それまで大きかった困難が小さくなることがあります。
このように考えると、「障害」を本人の内部にだけ存在するものとして捉えることはできません。本人の特性と、それを取り巻く環境との相互作用によって、同じ特性が強い困難にもなれば、ほとんど問題にならないこともあります。
・精神障害における「障害」という概念について
・「精神障害」は、身体障害の「障害」とは異なる
精神障害における「障害」とは、「disorder」という英語の訳で、身体障害における「障害(disability)」とは、異なる概念です。疾患(disease)や病気(illness)までに至らない「変調状態」を指します。そのため、改善できないもの、不可逆のものではなくケアによって変わり得る状態を指しています。日本語訳を「障害」としてことについてはイメージからくる問題も指摘されていますが、定訳のために一般的には「~~障害」という語が使用されています。
たとえば、「愛着障害」であれば、「愛着変調」あるいは「愛着不全」というようなニュアンスだとお受取りください。
異文化としての発達凸凹
発達のもう一つの側面は「異文化」である、ということです。発達凸凹は誰にでもあり、実は異文化の者同士が構造化された環境を介してコミュニケーションを取りながら、社会は成り立っています。
・日本人同士でも皆、文化は異なる
環境の構造化が十分ではない組織やコミュニティでは、途端にあつれきや違和感が表面化します。たとえば、仕事をしていても、「なんでこんな簡単なことがわからないの?伝わらないの?理解してもらえないの?」と感じることはないでしょうか? 実は、それは私たちは同じ日本人同士であっても発達に凸凹があり、異文化であるためです。上記でも書きましたが、その凸凹がその時の社会の”基準”とされるものから見て相対的に少ない人たちを「定型発達」と言い、多い人たちを「非定型発達(アスペルガー障害や自閉症など)」と言います。
・異文化ではあっても、異常ではない
発達特性の違いを「異文化」のようなものとして捉えると、コミュニケーション上のすれ違いを、一方の能力不足だけに帰属せず理解しやすくなることがあります。もちろん、定型発達とASDの違いを単純に「凸凹の量」だけで分けることはできませんが、互いに異なる認知やコミュニケーションのスタイルを持つという視点は、相互理解の助けになります。
”定型発達症候群”
研究者の千住淳氏が著書(「自閉症スペクトラムとは何か?」(筑摩書房))の中で書いていることですが、”定型発達症候群”という俗称があります。以下は医学的な診断概念ではなく、ASD側から多数派である定型発達の特徴を逆に眺めてみるための、風刺的な思考実験です。
1.社会的に独立することの困難さ
他人の気持ちを自分のことのように感じるという幻想。他人との過剰な接触を求める。同じ定型発達の友人を求め、そうではない人とは関係を築くことが困難である。
2.コミュニケーションや創造性における困難さ
コミュニケーションにおいて、あいまいな表現や、冗長な行動、ウソ、表情やしぐさの多用などが見られ、しっかりとした論理を持つことができない。自分の主観や推測を排してロジカルに考えることが苦手。
3.幅の狭い興味や活動
微細な感覚や物事の細部に気がつけない。同じ行動を繰り返す常同行動が理解できない。必要もないブランド品や機能性のないもののこだわり、集団の中での立ち位置を気にしたり、いいところを見せたり、限られた社会的場面にしか興味を持てない。
このように、あいまいで、特に対人関係に異常にこだわり、自分でコントロールできないくらい気をつかい、それで疲弊することもある私たちの姿は胸を張って「自分たちこそ正常」とは言えません。単に”多数派のモード”であるというだけです。
”デュアルモード”としての人間
私たちが、普段使用しているパソコンやスマホ、タブレットなどは、WindowsやAndroid などが搭載されています。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、もともとパソコンは、黒い(青い)画面に、コマンドを打ち込んで操作するものでした。プログラムを組んだりするような作業もそうです。 ※ここからは、発達特性の違いを理解するための一つの比喩として、コンピューターの「GUI」と「コマンド操作」を用いて考えてみます。医学的な分類そのものではありません。
・グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)
しかし、スティーブ・ジョブズなどがマッキントッシュを販売したり、Windowsが発売されるようになると、私たちも見慣れている「グラフィカルユーザインタフェース(GUI)」、つまり、マウスやタッチパネルで視覚的に、直感的にアナログに操作できるようになりました。おかげで、コンピューターにくわしくない人でも簡単に扱えるようになり、今に至ります。 一方、あまり関係のない、見た目、デザインに意識を取られることがあります。

グラフィカルユーザインタフェース(GUI)の裏では、昔からあるようなコマンドが実行されるようなモードも用意されています。パソコンが不調になると、黒い(青い)画面のモードが立ち上がり、そこで昔ながらの操作を要求されたりするのを見たことのある方も少なくないかと思います。
・テキストユーザインタフェース(TUI)
「テキストユーザインタフェース(TUI)」といいますが、このインターフェースでは、あいまいな指示や直感的な操作は通用しません。一字一句間違いなく、命令を打ち込まないとコンピューターは理解してくれません。

発達障害も、まさにこれと似ています。グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)とは定型発達の人が感じている世界、コマンドを打ち込んで実行していくテキストインターフェース(TUI)は非定型発達の人が感じている世界。
・インターフェースが制限されている
大多数の人間や社会は、直感的なインターフェースを前提として作られていますが、発達障害ではそのモードがありません。あっても、制限されています。そして、実は、最新のスマホやパソコンでも、裏側ではコマンドで実行する黒い(青い)モードも存在しています。
・定型発達でも、ストレスにさらされるとモードが変わる
実際、定型発達の人も、自分に不利な環境や、強い不安、緊張にさいなまれる場面で強いストレス、トラウマを負うと、発達障害様の状態となり、コミュニケーションや認知が制限されるようになります。不調をきたしたパソコンがセーフティーモード、DOSモード(黒い画面)が立ち上がるのととてもよく似ています。
・正確でダイレクトでもある
ただ、テキストインターフェース(TUI)そのものは異常でもなんでもありません。使い方によってはグラフィックに振り回されず正確でとても便利なものです。ビジュアルを介さずにプログラムソースにダイレクトにアクセスすることができたりもします。
このように、定型発達者でもデュアルモード(2重のモード)として非定型発達(発達障害)と同様の世界も持ち合わせていると考えられます。そのため、発達障害とされる特性も人類にとっては必須の性質といえそうです。
あらためて、発達障害の”原因”とは何か?
発達障害というのは人類の起こりからあったと考えられますが、明らかにとらえられるようになったのは、ごく最近のことです。自閉症については、レオ・カナーが論文を発表した1943年、アスペルガー症候群に至っては1980年代に入って認知されるようになりました。そのため、まだまだ分からないことが多いです。また研究も広範に及ぶために、研究者でさえ、もはや全体像は捉えることは困難であるといわれています。
・かつては母の養育に原因とされた
発達障害は、かつては「冷蔵庫マザー」というように、母親の養育のせいだと考えられていましたが、今は明確に否定されています。
・遺伝と環境の相互作用
ASDの原因は一つではなく、複数の遺伝的要因と環境要因が複雑に関係すると考えられています。ただし、ここでいう「環境要因」は親の育て方を意味するものではありません。また、本人が生活する環境との相性によって、ASDの特性に伴う困難が強くなったり軽減したりすることがあります。
発達凸凹は発達する~それぞれのスタイルで成熟していく
・発達の時間的な遅れ・多様さ
発達凸凹とは非定型であることもありますが、もう一つの特徴は「発達の時間的な遅れ・多様さ」です。そのため発達障害の人は普通の人よりも遅れて発達していきます。特に子供の場合、ある年齢を境に急に能力が伸びたり、といったことも報告されています。大人の場合も環境が適していれば晩熟していきますが、自覚がなく不利な環境で過ごすと歳とともに不適応を強め、苦しくなっていきます。
ですから、発達障害の特性は固定されたまま何も変わらない、というわけではありません。成長とともに社会的スキルを身につけたり、自分に合った対処法や環境を見つけたりすることで、困難が大きく軽減することがあります。発達特性そのものがなくなるというより、それぞれのスタイルで成長・成熟していくと捉える方が実態に近いでしょう。
実際に、幼いころに自閉症、発達障害とされた人でも社会で活躍されている方はたくさんいらっしゃいます。幼いころのまま、症状が固定されているということはありません。
精神科医の神田橋條治氏は「発達障害は発達する」と呼んでいます。年齢とともに発達していき、それぞれに成熟していくのです。
「大器晩成」「晩熟」と呼ばれる人たちも、ある意味で発達が遅れてきている人たちだとも言われています。
発達の凸凹そのものは誰にでもあります。大切なのは、凸凹があること自体ではなく、それによってどのような困難が生じているかです。適切な環境を選び、本人が成長・成熟し、自分の特性に合った適応の仕方を身につけることで、「障害」として現れる困難が大きく軽減することもあります。
ただし、ASD、ADHD、限局性学習症はいずれも、年齢や環境によって特徴の現れ方が変化します。成長とともに困難が軽減することもあれば、進学・就職など環境の変化によって新たな困難が表面化することもあります。必要に応じて、その人の特性に合った支援や環境調整を行うことが大切です。
→大人の発達障害、アスペルガー症候群の症状、特徴や診断については、下記をご覧ください。
▶「大人の発達障害・ASD(アスペルガー症候群)かどうかを判断するポイント」
▶「大人の発達障害、ASD(アスペルガー症候群)の症状、特徴~公認心理師が具体的に解説」
※サイト内のコンテンツを転載などでご利用の際はお手数ですが出典元として当サイト名の記載、あるいはリンクをお願い致します。
(参考・出典)
青木省三、村上伸治「大人の発達障害を診るということ」(医学書院)
杉山登志郎「発達障害の子どもたち」(講談社)
杉山登志郎「発達障害のいま」(講談社)
備瀬哲弘「大人の発達障害」(マキノ出版)
本田秀夫「自閉症スペクトラム障害が分かる本」(講談社)
平岩幹男「自閉症スペクトラム障害」(岩波書店)
神田橋條治ほか「発達障害は治りますか?」(花風社)
神田橋條治「神田橋條治 医学部講義」(創元社)
杉山登志郎「子ども虐待という第四の発達障害」(学研)
ドナ・ウィリアムズ「ドナ・ウィリアムズの自閉症の豊かな世界」(明石書店)
広沢正孝「「こころの構造」からみた精神病理 広汎性発達障害と統合失調症をめぐって」(岩崎学術出版社)
テンプル・グランディン「自閉症の脳を読み解く」(NHK出版)
宮岡等、内山登起夫「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(医学書院)
高橋和巳「消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ」(筑摩書房)
黒田洋一郎 木村- 黒田純子「発達障害の原因と発症メカニズム」(河出書房新社)
など
















