近年、注目されてきている発達障害、アスペルガー障害は奥が深く、正しく理解しようとするにはなかなか難しいテーマです。当センターでは、医師の監修のもと公認心理師が、4回にわたって、発達障害、アスペルガー障害を深く理解できるようにご紹介してまいります。よろしければご覧ください。
<作成日2016.2.4/最終更新日2022.2.25>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・大きく変わる?!臨床心理学
・あなたの悩みが治りにくいなら~発達特性のせいかも
・私たちは皆、発達障害である
・天才や才能を生む「発達凸凹」
・ステレオタイプで誤解される大人の発達障害
・運動音痴、味音痴は発達障害?
・異文化としての発達凸凹
(2/4)につづく
[(2/4)のもくじ]
・”定型発達症候群”
・”デュアルモード”としての人間
・きわ立つ発達障害の多様さ~100人100様
・あらためて発達障害(Developmental disability)とは何か?
大きく変わる?!臨床心理学
臨床心理学は基本的に、定型発達の方が悩みや疾患に陥る、というモデルで作られているとされます。
一般的な悩みを“神経症”、精神疾患として“統合失調症”あるいは“双極性障害”、“うつ病”、それらの間にあるよくわからないややこしい症状は“境界例(パーソナリティ障害)”としてきました。
・“発達(障害)”という視点の導入
しかし、近年、“発達(障害)”という視点を導入することで、これまでは対応が難しいケース、非定型的なケース、境界例、パーソナリティ障害、例えば統合失調症と診断していたものの多くが「実は“発達障害”なのでは」と言われるようになってきました。
つまり、これまでは定型発達の人を基準に考えていたために、それにあてはまらないものは「境界例」「非定型」、理解できない人たちは「パーソナリティ障害」とされ、本当は発達(障害)による特徴を見逃してきたのではないか、ということです。
・見直される”難しい症例”
パーソナリティ障害だけではありません。
「いろんな療法を試したけど自分はなぜか良くならない」
「良くなっては、元に戻ってを繰り返す」
「慢性化して、ずっと悩みを抱えてモヤモヤしている」
といったさまざまなケースで、“発達”という視点からあらためて悩みを見なおしてみようという取り組みが進んできています。
実際に、発達という視点を持って取り組むと、それまで動かなかったケースが大きく改善するようになる事が珍しくないのです。
精神科医で川崎医科大学の青木省三教授は「これまでの成人精神医学に大幅な変更を求めるものになるだろう」と述べてらっしゃいます(青木省三、村上伸治「大人の発達障害を診るということ」(医学書院))。
発達障害というのは、決して特殊な人の出来事ではなく、私たち全てに当てはまることです。
私たちは皆、発達に特徴があり、人類のすべての人が少なからず発達障害であるといえます。
私たちの生きる中で感じる悩み、生きづらさについても、“発達(発達障害、発達特性)”という視点を踏まえることで理解しやすくなります。
あなたの悩みが治りにくいなら~発達特性のせいかも
あなたの悩みが治りにくいなら、それは、ひょっとしたらあなたの発達特性に起因するものかもしれません。
例えば
・生きづらさをずっと抱えて生きている。
・人間関係がうまく行かず、職場を転々としている。
・うつ病と診断されたけども、治りにくい。
・幻聴が聞こえるのだけれども、統合失調症そのものではないみたい。
など
発達という視点を持って治療に取り組んだ途端、良くなるということは珍しくありません。
ただ、くれぐれも、あなたの悩みが治りにくく、“発達”の視点を持って治ったとしても、たちまちあなたが発達障害、ということではありません。
発達という視点を通じて取り組むというのは、あなたの個性や特性を理解して、より適切な方法で取り組むということです。
私たちは皆、発達障害である
大きく誤解されていることですが、発達障害とは特殊なことや異常ではありません。発達障害を専門にされている先生なども口をそろえておっしゃいますが、私たち人間は皆、発達障害なのです。
ただ、その程度や特徴が異なったり、現在の環境でたまたま問題になっていないだけです。
・「負けず嫌い」「こだわり」
例えば、スポーツ選手は「負けず嫌い」な人が多く、勝ちにこだわることが良いとされます。異常なくらい負けず嫌いな人もたくさんいらっしゃいます。
しかし、この負けず嫌いは明らかな発達障害の特徴といえるものです。
一般の仕事においても、「こだわりを持て」といわれます。この“こだわり”というのは発達障害の代表的な特徴です。
・日常でも感じる傑出した能力や特徴
過去の会議での発言などをはっきり覚えているような驚異的な記憶力を持つような人がいらっしゃいます。感情に流されず意思決定ができたり、とても論理的に話ができたりする方もいらっしゃいます。ビジネスマンとしては羨ましい能力です。実は、こららも発達障害で見られるとされる特徴です。
こうしたこと以外にも日常のコミュニケーションで相手とズレを感じたりすることってないでしょうか?常識的だと思っていた人とのやり取りでこちらの“常識”が通用しなくて驚くことはないでしょうか?
・ややこしい人たち
ややこしい上司、面倒くさいお客さん、使いづらい部下、こうした人たちが実は“発達”という問題が背景にあると知ったらいかがでしょうか?
そして、私たち自身も違和感を感じていたことが“発達”によるものだとしたらどう思いますか。
・誰にでもある「発達凸凹」
最近では、発達障害という言葉は適切ではないとして、「非定型発達」「発達特性」と呼ばれたり、「発達凸凹」と呼ばれています。いわゆる発達障害ではない人のことを「定型発達」といいます。本記事でも、わかりやすくするために「発達障害」という言葉を用いていますが、基本的には誰にでもある「発達凸凹」という意味になります。
くりかえしになりますが、発達障害は誰にでもあるもので、私たちの生き方の土台となっているものです。
天才や才能を生む「発達凸凹」
・才能の宝庫
発達凸凹(発達特性)は、才能の宝庫と言えます。歴史上の有名な科学者や芸術家などは、かなりの割合で発達障害の方がいることがわかっています。
ビル・ゲイツがアスペルガー障害というのは有名ですが、ニュートン、ヴィトゲンシュタイン、ガウディ、ゴッホ、アインシュタイン、エジソン、リンカーン、ヘミングウェイなど。トム・クルーズ、スピルバーグは学習障害で知られるなど、発達障害の有名人として、そうそうたるメンバーの名前が挙がります。
高機能な発達障害であるアスペルガー障害の別名は、「シリコンバレー症候群」とも呼ばれ、IT産業などの社員の何割かが当てはまるのではないか?と言われています。大学の研究者などでも該当する人は、たくさんいらっしゃいます。
・支障がなければ”障害”ではない
有名な人を全て挙げていくと、「もはやそれって、“障害”って呼べるの?単なる特徴じゃないの?」と思えてきます。その通りです。社会生活に支障がなければ、どれだけ発達障害の診断基準に当てはまったとしても「発達障害」ではありません。
「正常」の定義が正規分布の平均に近い状態であり、「異常」が平均から外れたもの、とするならば、才能のある人は、皆、「異常」とされてしまいます。
160キロ投げることができる野球の投手は平均を外れた規格外な特徴ですが、それが生かせれば「才能」になり、生きていく妨げとなればそれは「障害」となります。
ステレオタイプで誤解される大人の発達障害
・はん濫するステレオタイプ
本屋さんには「大人の発達障害」「アスペルガー障害かも?」といったタイトルの本がたくさん並ぶようになりました。要は、「職場で空気が読めない変な人がいると思っていたけど、実はあの人はアスペルガー障害なんだ」ということを面白おかしく書いた本です。
そうした本の内容は、明らかに間違っているわけではありません。そこで記されている特徴も、DSM(アメリカ精神医学会の診断マニュアル)などで挙げられているものを踏まえています。
しかし、例えて言えば、「アメリカ人は皆、ハンバーガーを食べている」「日本人は背が低い」というような表現に似ていて、確かにそうかもしれないけど、そのもの全体を表現しているとはいえません。
・発達障害は専門家でも全貌を捉えることが難しい
発達障害は研究が広範にわたり、その理解も難しいため、第一線の専門家でも全貌をとらえることが難しいとされています。実は医師やカウンセラーでも発達障害について十分に理解できておらず、硬直的な知識、情報をクライアント側に伝えてしまっている場合もあります。
・とても多様な発達
発達というのは、想像以上に多様なものです。特に、日本では昭和40年以降、1歳未満、1歳6カ月、3歳と乳幼児健診が行われています。また、小学校、中学校と義務教育もあります。典型的な発達障害であれば、そこで見つかることが多い。
そのため、大人の発達障害とはそもそも明らかな障害ではないもの、軽症であり、環境やコンディションによっては障害とは言えないもの、典型的ではない多様なものなのです。
運動音痴、味音痴は発達障害?
障害の定義とは、「身体障害、精神薄弱又は精神障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。」(障害者基本法)とされています。
社会生活が問題とされるため、発達障害の定義も、社会適応がクローズアップされています。しかし、実は、発達の凸凹はあらゆるところに及ぶのです。
・運動音痴は障害か?
例えば、バラエティ番組で、芸人が自身の運動神経の悪いことをネタにして笑いを取るものがあります。
「なんでこんな簡単なことができないのか?」と思うような簡単な運動、スポーツもうまくできず失敗してしまいます。
そもそも芸人の人口は現在、何千、何万人もいるとされ、テレビに出ることができるのは本の一握りの才能の持ち主たちです。テレビに出ることができている時点でとてもすごいことです。
しかし、運動という領域では全く動けない。発達が凸凹しているのです。もし、スポーツを仕事とする世界に生きていたら間違いなく「発達障害」とされてしまうでしょう。簡単なこともできないことをもって、脳を検査されて「あれがおかしい、これもおかしい」とされてしまうかもしれません。しかし、幸いにもスポーツは日常生活を生きる上でメインの活動ではないために、運動神経の悪い人たちは「発達障害」とは見なされません。
・味覚音痴も障害なの?
会社員として活躍している味覚音痴の人が、もし料理人の世界に進んだらどうでしょうか?細かな味がわからない。料理人として当たり前のことが苦手だとします。その人は、“味”という能力の発達に凸凹がある。あるいは発達が遅れている。そのため「社会生活に相当な制限を受け」、彼は活躍できず、「発達障害」とされてしまいます。
はたまた、方向音痴の人がタクシードライバーに転職したらどうでしょうか。道を間違えて、たちまちその仕事で不適応を起こしてしまうでしょう。
・完璧な”定型発達”など存在しない
このように発達というのは皆、凸凹しているものなのです。“定型発達”とはあくまで架空の概念であって、完璧な定型発達というのはこの世には存在しないものです。
(もし存在すれば、それ自体がまれなために“非定型”な存在とされてしまうでしょう。)
私たちはつい「会社での仕事が社会人の仕事のスタンダード」と思い込んでしまっています。会社の仕事は、世の中の多様な仕事のうちのほんの一握りに過ぎません。事務仕事、計算や段取りを組んだり、交渉したり、接客したり・・・人間ですから、運動や味覚と同じように苦手があって当たり前です。しかし、現代社会では、そうしたことが不得手だと「発達障害」とされてしまいます。
同じ人がもし、農業や漁業に進んだらそうは見なされなくなるかもしれません。実際に、発達障害の方が、農業、漁業に転職して活躍されるといったことはあります。
こうした例からも、世にあふれる「大人の発達障害」といったテーマの本がいかに全体像を表していないかがわかります。
(参考)精神障害における「障害」という概念について
・「精神障害」は、身体障害の「障害」とは異なる
精神障害における「障害」とは、「disorder」という英語の訳で、身体障害における「障害(disability)」とは、異なる概念です。疾患(disease)や病気(illness)までに至らない「変調状態」を指します。そのため、改善できないもの、不可逆のものではなくケアによって変わり得る状態を指しています。日本語訳を「障害」としてことについてはイメージからくる問題も指摘されていますが、定訳のために一般的には「~~障害」という語が使用されています。
たとえば、「愛着障害」であれば、「愛着変調」あるいは「愛着不全」というようなニュアンスだとお受取りください。
異文化としての発達凸凹
以上では、誰にでもあり、連続しているものとして書いていますが、もう一つの側面は「異文化」である、ということです。発達凸凹は誰にでもあり、実は異文化の者同士が構造化された環境を介してコミュニケーションを取りながら、社会は成り立っています。
・日本人同士でも皆、文化は異なる
環境の構造化が十分ではない組織やコミュニティでは、途端にあつれきや違和感が表面化します。たとえば、仕事をしていても、「なんでこんな簡単なことがわからないの?伝わらないの?理解してもらえないの?」と感じることはないでしょうか? 実は、それは私たちは同じ日本人同士であっても発達に凸凹があり、異文化であるためです。上記でも書きましたが、その凸凹が相対的に少ない人たちを「定型発達」と言い、多い人たちを「非定型発達(アスペルガー障害や自閉症など)」と言います。
・異文化ではあっても、異常ではない
異文化理解というのは、よく知られるように、相手を理解するという美談のような良いことばかりではありません。ときに生理的な違和感(怖れ、嫌悪感)を感じながらの関わりでもあります。特に、まさに明らかにアスペルガー障害などになると異文化の度合いは強く、当事者も自らや相手を指して「異星人同士のよう」と言うほどに、考え方、感じ方が異なります。もちろん、究極的に見れば、どちらが異常ということもないのです。
(2/4)につづく:きわ立つ発達障害の多様さ、など
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(参考)
青木省三、村上伸治「大人の発達障害を診るということ」(医学書院)
杉山登志郎「発達障害の子どもたち」(講談社)
杉山登志郎「発達障害のいま」(講談社)
備瀬哲弘「大人の発達障害」(マキノ出版)
本田秀夫「自閉症スペクトラム障害が分かる本」(講談社)
平岩幹男「自閉症スペクトラム障害」(岩波書店)
神田橋條治ほか「発達障害は治りますか?」(花風社)
神田橋條治「神田橋條治 医学部講義」(創元社)
杉山登志郎「子ども虐待という第四の発達障害」(学研)
ドナ・ウィリアムズ「ドナ・ウィリアムズの自閉症の豊かな世界」(明石書店)
広沢正孝「「こころの構造」からみた精神病理 広汎性発達障害と統合失調症をめぐって」(岩崎学術出版社)
テンプル・グランディン「自閉症の脳を読み解く」(NHK出版)
宮岡等、内山登起夫「大人の発達障害ってそういうことだったのか」(医学書院)
高橋和巳「消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ」(筑摩書房)
黒田洋一郎 木村- 黒田純子「発達障害の原因と発症メカニズム」(河出書房新社)
など