あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か(上)

あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か(上)

ハラスメント・生きづらさトラウマ、ストレス関連障害

 

 現代の悩みを理解、解決するためには<ハラスメント>という概念を知る必要があります。<生きづらさ>とならび臨床における最も重要な概念と行っても過言ではないものです。できるかぎり多くの人に知っていただきたいと思い、医師の監修のもと公認心理師が、まとめてみました。※<ハラスメント>概念の整理については、安冨歩・本條晴一郎「ハラスメントは連鎖する」(光文社)に多くを負っています。

 よろしければご覧ください。

 

⇒関連する記事はこちら

 「モラハラへの対策、治療のために知っておきたい6つのこと

 「あなたが生きづらいのはなぜ?<生きづらさ>の原因と克服

 

 

<作成日2015.12.29/最終更新日2023.2.6>

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この記事の執筆者

みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師)

大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など

シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら

   

この記事の医療監修

飯島 慶郎 医師(心療内科、など)

心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら

 

<記事執筆ポリシー>

 管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。

 可能な限り最新の知見の更新に努めています。

 

 

もくじ

モラルハラスメントとは何か?

・モラルハラスメントのメカニズム

 ・ダブルバインドというコミュニケーションパタン

   ・「本来の自分」との断絶

 ・パッケージ化された【インターフェース】の強制

 ・パッケージの「内面化」による【本来の自分】からの断絶

 

 

 

(下)につづく

[(下)のもくじ]

 ・家族(親、妻、夫)からの支配(モラハラ)
 ・職場での支配(モラハラ、パワハラ)
 ・ハラスメントは拡散する

 

 

 

モラルハラスメントとは何か?

・イルゴイエンヌによるモラルハラスメントの”発見”

 本記事で紹介する<ハラスメント>とは、基本的にはモラルハラスメントを指しています。<ハラスメント≒モラルハラスメント>です。
 モラルハラスメントは、1998年にフランスの精神科医のイルゴイエンヌによって、その実態をまとめた書籍が出版されたことがその始まりとされます(イルゴイエンヌ「モラル・ハラスメント」(紀伊國屋書店))。

 

 

・誤解も多いモラルハラスメント

 「モラルハラスメント(モラハラ)」として言葉は広く知られるようになりましたが、誤解も多い概念でもあります。例えば、「モラルハラスメント」についてはさまざまな書籍が出版されていますが、そこで扱われているのは事例集でしかありません。事象を分類した程度になってしまっているものがほとんどです。

 よくあるのは、ひどい夫や妻の例を出して、やり口を分類しているものです。職場で起きるものは「パワーハラスメント(パワハラ)」とされますが、労務管理的な問題とされたり、少しわい小なニュアンスとなってしまいます。

 <ハラスメント>とはもっと大きな概念です。

 

・安冨歩教授らによる「魂の脱植民地」プロジェクト

 最もすばらしいものは、東京大学の安冨歩教授らの研究です。「魂の脱植民地」というプロジェクトで、東大や阪大などさまざまな研究者が参加しています(東京大学東洋文化研究所)。

 <ハラスメント>というのはその特性として把握されづらいものなのですが、それを体系づけた功績はとても大きいと思います。また、大学の研究者がこうした問題を扱い、研究していることにも驚きです。

 <ハラスメント>は、実際に当事者として経験し、さらに外部化・相対化し、その存在を自覚しないと見えないものです。また、自分だけではなく、同じ苦しみを持つ人がある程度周囲にいてはじめてとらえられるという性質のものです。

 なぜなら、「世の中は理不尽なもので、そんなこと当たり前だよ」というような人に囲まれていたりしたら、<ハラスメント>に対する違和感は容易にごまかされてしまうからです。<ハラスメント>において重要な事は、そのコミュニケーションに織り込まれた巧妙な支配のメカニズムにあるのです。そのことを安冨教授は明らかにしています。

 

 

・土台となった研究

 そして、その土台となっているのは、文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論、精神科医のアルノ・グリューンの「自分に対する裏切り」(アルノ・グリューン「「正常さ」という病」(青土社))、心理学者のアリス・ミラーの「闇教育」(アリス・ミラー「魂の殺人」(新曜社))になります。

 

・ひろく明らかになってきた<ハラスメント>

 ここ数年で、<ハラスメント>についてさまざまなことが明らかになってきています。ブラック会社というような、会社そのものが<ハラスメント>によって社員を支配、搾取していることが糾弾されるようにもなりました。一人では気づくことが難しいことを考えると、世の中の流れが異常な状態から抜けだそうとしていることの現れなのかもしれません。

 

 ”<ハラスメント>の発見”は単なる個別の悩みの解決にとどまりません。私たち人間にとって心のままに生きていくために、エポックメイキングといっても過言ではないくらい重要なことです。

 

 

 

・<ハラスメント≒モラルハラスメント>とパワハラ、セクハラなど個別のハラスメントとの関係

 <ハラスメント>とは、さまざまな手段によって他者の人間性をおとしめて支配することをまとめた大概念です。「モラルハラスメント」とほぼ同義の概念です。現れる場面や手段によって、「パワハラ」「セクハラ」「アカハラ」個別のハラスメントとしてあらわれます。

 

 <ハラスメント≒モラルハラスメント>⇒現れる場面や方法によって「パワハラ」「セクハラ」「アカハラ」と呼ばれる、といったようにご理解いただけるとわかりやすいかと思います。

 

 

 

モラルハラスメントのメカニズム

※以下の内容は基本的に安冨歩教授の研究にのっとってまとめています。

参考)→「安冨歩・本條晴一郎「ハラスメントは連鎖する」(光文社) など」

 

●ダブルバインドというコミュニケーションパタン

 生きづらさの根源ともなる<ハラスメント>ですが、その土台にあるのは、ダブルバインドというコミュニケーションの仕組みです。

 

ハラスメント、ダブルバインド

 ダブルバインドとは、グレゴリー・ベイトソンによって、1956年に明らかにされたコミュニケーションパタンのことです。ベイトソンは、ダブルバインドが統合失調症の原因であるとしました(現在は、統合失調症の直接的な要因とはされていません)。

 

・ダブルバインドのしくみ

 ダブルバインドは、下記のようなしくみでできています。
噛み砕いて説明させていただきます。

1.ネガティブな意図(悪意、イライラなど)をもって

2.相手に対して禁止や、否定的なメッセージ(第1のメッセージ)
 
   ↓受け手は違和感を感じる。

3.2.と矛盾する、あるいは隠ぺいするメッセージ(第2のメッセージ)

   ↓受け手は混乱。自分の感覚を疑ってしまう。

 ※1~3まででも十分にダブルバインドになります。

4.この状況から逃げてはいけない。あるいは、人に言ってはいけない、というメッセージ(第3のメッセージ)

5.このような理不尽な状況は当たり前で、世の中はそういうものだと思い込む。

 ※周囲のリアリティが、その理不尽さを当たり前としている、とさらに促進されます。※相談された時に、理不尽さを肯定したり、受け手にも悪いところがある、自分の責任、ケンカ両成敗というような回答をすることを「セカンドハラスメント」(第4のメッセージ)といいます。

 このようなプロセスになります。こうした矛盾したメッセージを入れ込まれると、人間は混乱して、身動きが取れなくなってしまうのです。

 

 

・ダブルバインドの例

例えばこんなことです。親と子どもの例です。

1.親がイライラしている。
2.家で遊んでいる子どもを「勉強しなさい」と叱りつける。

  子どもは、なんで遊んでいけないのか?と反論する
  (違和感)

3.「あなたの為を思って行っているのよ」(隠ぺいするメッセージ)と伝える。
 
  ※子どもは混乱する。直感では、親は自分のイライラをぶつけているだけと思っているから。

4.「勉強しなければ、夕飯抜きよ」(この状況から逃げてはいけない)

  ※子どもは、不満を感じながらも、自分が悪いと思ってしまう。

5.他の子に聞くと「みんなそうだ」と答える。
  理不尽を当たり前と思ってしまう。

  ※自分が悪い子、という状況ができあがる。

 

もう一つ別のケースです。

1.上司が部下をコントロールするなどネガティブな意図を持っている
2.部下を理由をつけて叱りつける。
  ※この時、理由はどうとでも解釈できる曖昧なものです。
 
  部下は、仕事の仕方はいろいろなので、たしかにそうかもしれないけど、叱られるほどでもないと納得がいかない感じ。

3.「おまえは自分がおかしいことがわからないのか?」
  と部下の感覚を否定し、裏の意図を隠ぺいするメッセージを発する。
  
  ※部下は混乱する。

4.「このことがわからなければ、いつまでたっても成長できないぞ!」
  「逃げちゃだめだ」

  ※混乱状況から抜け出すことを禁止され、さらに混乱状況に陥らされてします。

5.理由が見当たらないので
  他の人に相談したら、
  「あなたの態度に何か問題があったんじゃない?」
  「会社ってそういうもんだよ」

  ※自分がおかしい、という状況の完成。

   これが繰り返されることで、部下は自分の感覚を信じることがだんだんできなくなり、上司の基準を正解として支配されてしまう。

 

 

・「社会は、<ハラスメント>でできている」

 上に挙げた例を見て、「えっ、そんなことがダブルバインドなの?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか? その通り。安冨教授は、「社会は、<ハラスメント>でできている」とおっしゃっているくらい、あちらこちらにあふれているのです。

 「こんなこと当たり前と思っていた」と思うかもしれません。当たり前と思う人は被害者でありながら、加害者、つまりハラッシーハラッサー(ハラスメントを仕掛けられた結果、他者にハラスメントをするようになること)となって、他人に同じことをしてしまいかねません。

 ダブルバインドの何が問題かというと、人間には【本来の自分】【実存】とでもいうような部分がありますが、ダブルバインドを仕掛けられると、自分の感覚を疑うようになり、自分を信じられなくなってしまうことです。まさに、魂が殺されてしまうのです。

 拠り所を失った人間は、外部の規範や、他者に依存するようになります。幼いころにそうしたことが起きると、大人になってからもモラハラを受けやすい人間になります。さらに悪い事には、<ハラスメント>を受けておかしくなっている自分を正当化するために、他者を「おまえは礼儀がなっていない」といって叱りつけるなど、今度は<ハラスメント>を行うようになるのです。

 ダブルバインドとはこうしたプロセスを言います。目に見えにくいですが、私たち人間に重大な影響を与えているのです。

 

 

「本来の自分」との断絶

・「学習」というプロセス

 人間というのは、白紙のままで生まれてくるわけではなく、生まれた時点で豊かな人格の原型をそなえて生まれてくることがわかっています。生まれた時点でそなえている【本来の自分】とでも言うべきものです。

 その【本来の自分】が【外部世界】とコミュニケーションを取る中で、外部世界と自分との間を媒介する【インターフェース】を発達させていきます。その過程のことを「学習」といいます。

 私たちは、【本来の自分】に備わる感情、情動を基盤として、【外部世界】とのコミュニケーションを常に取りながら、「学習」することで【インターフェース】を組換え、成熟させながら人生を生きていくのです。本来の子育てとは、親がコーチのように子どもが【本来の自分】の感覚を信頼し、認識できるようにサポートしていくことです。

 例えば、子どもがムズかっているとします。【本来の自分】は「疲れた」と感じています。

 親は、「どうしたの、お腹減っているの?」というと、子どもは、泣き止みません。

 次に、親が、「眠いの?」というと、子どもは、泣き止みません。

 親が、「疲れたの?」というと、
 子どもは自分の感覚と合っていることを感じてうなずき、ムズかるのをやめます。

 子どもは、「この感覚は疲れているということなんだ」ということを学習し、自分の感覚(【本来の自分】)を信頼できるようになります。【インターフェース】が発達し、次からは「疲れている」ということを正しく認識し、周囲にも伝えることができるように徐々になっていきます。

 

 

・学習が阻害され、【本来の自分】との信頼が失われる

 【本来の自分】との信頼関係が「愛着」というものになり、コミュニケーションの基盤、安全基地になります。【外部世界】との間で孤立することがあっても、【本来の自分】の感覚を頼りに学習できるので適切に対処することができます。

 しかし、もし親がムズかっている子どもに対していきなり叱りつけたらどうでしょうか?あるいは、「眠いんでしょ!寝なさい」「あなたはいつもそうね。いいところでムズかってややこしい子どもね」といった対応をしたらどうなるでしょうか?

 子どもは、自分の感覚を正しく感じることができなくなります。逆に、「疲れている」という感覚を「ややこしい自分の癖」といったような誤った結びつけをするかもしれません。「疲れている」自分の感覚を信頼することができなくなります。

 
 そうしていると、【本来の自分】との間の【インターフェース】が適切に発達しなくなり、【本来の自分】とのコミュニケーションが断絶するようになってきます。【本来の自分】よりも、親の言うことを正解として生きるようになってきます。

 
 能力のある子であればあるほど、頑張って「いい子」としてしばらくは過ごせるでしょう。しかし、基盤となるはずの【本来の自分】への信頼がなく安全基地がないまま育っていくので、【インターフェース】の発達に必要な学習がうまくできなくなります。当然、コミュニケーションも不自然になります。

 

 

断絶のイメージ

 

 

パッケージ化された【インターフェース】の強制

・偽りの自分を生きるようになる

 

 ベイトソンは、ダブルバインドの結果、

 言葉に表されていない意味にばかり偏執する(妄想型)
 言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなる(破瓜型)
 コミュニケーションそのものから逃避する(緊張型)
 といいました。
 このパターンが全てかどうかはわかりませんが、さまざまな不具合が生じてきます。

 子どもはその不具合を避けるために、本当であれば【本来の自分】とのつながりを回復する必要があります。
 しかし、【本来の自分】を押し殺すようにして育てられたため、適切な対応を取ることができず、むしろ、パッケージ化された【インターフェース】を無理やり当てはめるようになります。

 パッケージ化された【インターフェース】とは何かというと社会や周囲から見て「望ましい人間」という既製服のような価値観や人格を自分のものとしてしまうことです。

 「良い子」
 「勉強のできる子ども」
 「仕事がデキる人」
 「完璧な主婦」
 
などなど
まさに、偽りの自分を自分として生きるようになります。

 

 

・外部への依存

 ただ、これでも、現実にはうまく対応できません。なぜなら、現実は常に千変万化していくので、既製服では対応できるはずもありません。学習が必要なのですが、既製服の固まった姿に阻まれ、うまくいきません。

 

 そうするとどうなるかというと、外側にある規範、あるいは支配的な人物に過度に依存するようになります。自分ではうまく学習できないので、外側にあるルールに過度にしたがって生きるようになります。「礼儀」「マナー」「道徳」「教義」「評価」といったものです。

 

 

・魂を殺す闇教育の横行

 本来の教育や子育てというのは、【本来の自分】との信頼関係ができるようにそっとコーチングするものであって、【本来の自分】を野蛮、未熟として否定したり、パッケージ化された【インターフェース】を強制するものではありません。

 子どもというのは、生まれた時点で独自の人格をそなえて生れてくるわけですから、他者が立ち入ることなど本来はできません。しかし、「子どもは我欲の塊」「しつけなければ何をするかわからない」というようなドグマがまだまだ支配的であるため【本来の自分】を殺してしまうような子育てや教育が横行してしまっています。

 そうした子育てや教育は「闇教育」と呼ばれています。アリス・ミラーやアルノ・グリュンらが批判しているものです。彼らは、後者の意味での「しつけ」や「教育」は必要ない、といっています。厳しくしつけられた人格の代表格として、ユダヤ人虐殺を指揮したアイヒマンをあげています。

 アイヒマンは残虐な性格というわけではなくごくごく平凡な男性でした。サラリーマンの事務仕事のように、ユダヤ人の虐殺を忠実にこなしていました。虐殺に対する違和感や自分の実感というものは殺し、ナチス党内の評価や教義に忠実だったわけです。裁判でも、ただ命令に従っただけ、という主張を繰り返しました。彼が血色を変えたのは、裁判官に規律していないことをとがめられた時だといいます。

 

 つまり、外的規範に沿っていないことについては過度に反応しますが、自分の感覚とのつながりは希薄な、まさに魂を殺された状態であったわけです。

 <ハラスメント>は、まさにダブルバインドを用いて、魂を殺してしまいます。

 

 

パッケージの「内面化」による【本来の自分】からの断絶

 人間は成長の過程で、本来であれば【本来の自分】と【社会】との間にコミュニケーションの出入口となる【インターフェース】を作ります。【インターフェース】とは、コミュニケーションの取り方、情報の取捨選択の方法など、関わり方、付き合い方を身につけるということです。教育や、躾、というと、決まった型やパッケージを教えこむと思い込んでいるケースが多いのですが、それは本来のものではありません。

大切なことは、
 1.【本来の自分】との信頼関係を作る(安全基地を作る)
 2.【インターフェース】を育む(つきあい方を学ぶ)
ということです。

 

 

・本来必要なのは、自分の判断でルールを取捨選択すること

 しかし、多くの場合、社会の規範や、親の言うことをパッケージとしてそのまま「内面化」してしまう。「内面化」というのは、規範やルールを自分のものとして受け入れる、ということです。

 社会に出るためには当たり前だろう、と思うかもしれませんが、非常に危険なことで、その規範が特定の個人から発せられるとしたら支配されることと同義と言えます。

 規範やルールを学ばなければ、原始人のようになってしまうのではないか、と思うかもしれませんが、そんなことはありません。本来、社会化するというのは、ルールを内面化することではなく、「社会との付き合い方」を学ぶことであり、自分の判断でルールを取捨選択できる、ということです。そのまま受け入れて、自分のものとする必要はないのです。

 もし、万一、型を学ぶ過程でパッケージをそのまま受け入れる必要があったとしても、それは、パッケージを受け入れっぱなしにするのではなく、インターフェースが構築されたら、パッケージは相対化して手放すことが必要です。人間の場合、社会との付き合い方について親を鏡として親を通じて学ぶわけですが、反抗期にそのパッケージを手放して、自立していくわけです。

 

 

・親の考えを強要され、自分を見失う

 ただ、多くの場合、親の考え方をそのまま受け入れることを強要されたり、親の考えをそのまま受け入れることが「素直な子ども」であり「親孝行」であると思わされてしまいます。そうすると、なぜだかわからない生きづらさに苦しむことになります。

 なぜならパッケージをそのまま受け入れると【インターフェース】が育たなくなります。付き合い方を知り自分で判断できる人間になるのではなく、柔軟さのないマニュアル人間になるわけですから。

 また、パッケージをそのまま受け入れるということは【本来の自分】を信頼できなくなり、自分の感覚や土台がわからなくなります。自分の力で社会と付合えない、自分を見失うことになるわけですから、不安定になるのも当然です。なぜかわからないが生きづらい場合の原因の一つはこうしたメカニズムにあります。

 

 

・知らずしらずのうちに支配され続けてしまう

 しかし、本人は原因がわからずに、目の前にある仕事で失敗する、人間関係で失敗することを解決しようと努力をし始めて、跳ね返されて、自信を奪われボロボロになります。

 「内面化」は、幼いころにトラウマを背負わされた人、不安定型愛着の人は、より強く生じます。トラウマになると脳が過活動を起こして、すぐに解離してしまうようになります。検索エンジンのクローラーのように、いつも頭がぐるぐる回っていて、人のことを考えまくっていますから周囲の人の考え、感情、価値観を「内面化」して自分のものとしてしまいます。

 その中でも一番考えさせられるのは親のことです。
ある人は、親に対して強い罪悪感を感じてします。ある人は、親に対して怒りを感じてしまう。

 

 自分にとっての善悪の基準として埋め込まれてしまっているからです。
だから、いつも親が頭に浮かんでしまい、「内面化」されたパッケージが抜けずに支配され続けてしまうのです。
 モラルハラスメントの背後には、「内面化」というメカニズムが潜んでいるのです。

 

 

 

(下)につづく:家族(親、妻、夫)からの支配(モラハラ)、など

 

 

 

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参考

イルゴイエンヌ「モラル・ハラスメント」(紀伊國屋書店)

安冨歩・本條晴一郎「ハラスメントは連鎖する」(光文社)

大嶋信頼「支配されちゃう人たち」(青山ライフ出版)

アリス・ミラー「魂の殺人」(新曜社)

アルノ・グリューン「「正常さ」という病」(青土社)

深尾葉子「魂の脱植民地化とは何か」(青灯社)

安冨歩「誰が星の王子さまを殺したのか――モラル・ハラスメントの罠 」(明石書店)

深尾葉子「日本の社会を埋め尽くすカエル男の末路」(講談社)

深尾葉子「日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体 」(講談社)

ベイトソン「精神と自然―生きた世界の認識論」(新思索社)

安冨歩「生きる技法」(青灯社)

みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)

など