医師の監修のもと公認心理師が、<ハラスメント>の対策、あるいは治療のために大切なことをまとめてみました。特に今まさに苦しんでいる多くの人に知っていただきたいと思っています。
よろしければご覧ください。
⇒関連する記事はこちら
「あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か」
<作成日2015.12.30/最終更新日2023.2.6>
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
![]() |
この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
---|
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
1.ハラスメントの二重構造
2.<ハラスメント>を招き寄せる愛着障害
3.<ハラスメント>に執着してしまうアンカーとしての“トラウマ”
(下)につづく
[(下)のもくじ]
4.<ハラスメント>から抜け出すための視点
5.<ハラスメント>を見分ける方法
6.まとめ~<ハラスメント>から抜け出す方法
1.ハラスメントの二重構造
<ハラスメント>とは、今まさに起きている問題ですが、実はその構造は2つのハラスメントから成り立っています。
・オリジナルの<ハラスメント>
例えば、職場で、上司から<ハラスメント>を受けている。本当に精神的に参ってしまって困っている、というような場合、まさに起きていることは職場での問題です。
しかし、同じ職場でも、<ハラスメント>を受ける人と、距離をとってやり過ごしている人とがいます。その違いを生む原因の一つが、もう一つの<ハラスメント>を受けてきたかどうかにあります。もう一つのものとは、幼いころなどに主として家族などから受けてきた<ハラスメント>です。私たちは、「オリジナルの<ハラスメント>(支配)」と呼んでいます。
虐待などはもちろんですが、感情が不安定な親に育てられたり、礼儀、躾、価値観の強制、愛情過多による過干渉も<ハラスメント>になります。
子どもは生まれながらにして、自分の独自の人格(【本来の自分】)を持っています。<ハラスメント>とは、それを他人が変更しようとする行為です。
【本来の自分】との信頼関係が壊されてしまう。自分とは何かがわからずにさまよい、外側にあるルールに依存してしまうことになります。【本来の自分】との関係もうまくとれなくなっていますから、直感的におかしいと感じにくくもなります。そうすると、現在受けている理不尽なことについてもおかしいと思わなくなってしまう。
・現在、問題となる<ハラスメント>がやってくる
幼いころに家族から受けた理不尽なことを美化している場合も少なくありません。「自分の為を思って厳しくしてくれている」「苦労が多いほうが成長できる」と信じている人が<ハラスメント>を受けると、「まさに成長のためだ」とその場から離れることをちゅうちょしてしまいます。どんよりした重い気持ち、生きづらさを背負ったまま頑張って働き続けてしまう。
また、うまく<ハラスメント>に気づいても、立ち向かわなければいけない、負けてはいけない、なんとかしなくてはいけないと思って、その場に執着してしまいがちです。そうした下地があるところに、現在問題となる<ハラスメント>状況がやってきているわけです。
・解決にはオリジナルのハラスメントをケアすることが必要
このように、<ハラスメント>とは二重になっている。<ハラスメント>を解決しようとすると、必然的にオリジナルのものも含めて解決しようとしなければいけません。
一方、オリジナルの<ハラスメント>の影響が少ない方、安定型愛着の方はどうなのかというと、そもそもどこか侵しがたい雰囲気も持っていますので<ハラスメント>に出会いにくい。万一、<ハラスメント>に遭遇しても、静かにその場を立ち去って、自然と距離を取ります。決して立ち向かわない。筋の悪い人間関係に巻き込まれやすい人とそうではない人とがいますが、まさにそのような感じです。<ハラスメント>の影響のない方の姿というのは、<ハラスメント>を解決する基本が隠されています。
2.<ハラスメント>を招き寄せる愛着障害
<ハラスメント>は、精神の土台となる“安全基地”の形成を妨げ、愛着障害を引き起こし、愛着障害はさらなる<ハラスメント>を招き寄せます。
⇒関連する記事はこちらをご覧ください。
・社会との関わり方の土台となる”愛着”
“愛着”とは、もう一つの遺伝子とも呼べるもので、社会との関わり方の土台となるものです。愛着という精神の基盤は、通常は、生後半年から一歳半の間に形成されます。子どもが愛着対象となる親とコミュニケーションを取る中で、【本当の自分】との信頼を持つことができ、そして他者についても信頼できるようになります。
この土台があることで、社会に出た時に、外側からやってくるメッセージに対して、自分の感覚を頼りに適切な判断を行うことができます。
例えば、<ハラスメント>は、ネガティブな意図を隠したまま、相手を否定したり、混乱するメッセージを発したりして、最終的に支配しようとします。しかし、愛着の土台があると、表面的なメッセージには惑わされにくく、むしろ、直感的にネガティブな意図を読み取り、うさん臭さを感じることができます。
・愛着不安により<ハラスメント>に巻き込まれる
しかし、生後半年から一年半の間、ハラスメントを受けて育つと、愛着が不安定、つまり“安全基地”がうまく機能せず、【本当の自分】とのコミュニケーションが十分に取れません。
そのため、<ハラスメント>のメッセージが来ても、【本当の自分】が伝える直感を信頼できず、頭での判断に頼って「相手は評判のいい人だから」「仕事ができる人だから」といった上辺の情報に惑わされてしまいます。<ハラスメント>のメッセージを受け取った結果、混乱させられて相手を頼り、コントロールされてしまいます。
<ハラスメント>は私たちを孤立させようともします。正確に言うと本当は孤立などしていないし単に不要な関係から離れているだけなのですが、孤立していると感じさせます。
愛着という精神の土台があるとその罠にはかかりません。そもそも【本当の自分】とのつながりがあるので少々のことでは動じることがなく、自分にとって本当に必要な人とそうではない人を見分けることができるからです。もし、対人関係がうまく行かなくなっても、それが孤立を意味するのではなく、必要のない関係が終わるのだということがわかります。また、必要のない関係に無駄な労力をかけることをやめることで、本当に大切な人との絆がさらに深まるのです。
・ハラッサーにしがみついてしまう
一方、愛着の土台が不安定な場合は「見捨てられ不安」も強いため、相手から<ハラスメント>を仕掛けられ揺さぶられると、本当は付き合うべき人ではないにもかからず去られると自分は孤立してしまうと思わされてしまうのです。
また、過去に人間関係をしっかりと築くことができていないという後悔の念も湧き上がってきます。【本当の自分】とコミュニケーションが取れれば、その後悔は幻想であると知ることもできます。しかし、土台が不安定な場合は、その後悔に巻き込まれてしまいます。後悔から逃れるために、目の前の「ハラッサー(ハラスメントを仕掛ける人)」にしがみつくように関係を維持してしまい、さらに傷ついてしまうのです。
・「モラルハラスメント」とは
このように、<ハラスメント>は、【本当の自分】とのコミュニケーションを阻害し、外的規範や人を頼りにしないと行けない状況を作り出し、他者に支配される状況を作り出します。これがいわゆる「モラルハラスメント」というものです。
発達の過程で愛着という土台をそこなう<ハラスメント>と成長し大人になってから仕掛けられる<ハラスメント>があり、前者があると後者に巻き込まれやすくなるのです。
<ハラスメント>を克服するためには、背景にある愛着障害を解消する必要があります。
3.<ハラスメント>に執着してしまうアンカーとしての“トラウマ”
<ハラスメント>を受けてしまう人は、その前段階としてオリジナルの<ハラスメント>の呪縛にかかっていることが多い。ただ、容易には抜け出すことはできません。なぜなら、理不尽な状況に執着するようなアンカーを植え付けられてしまっているからです。それが、トラウマ というものです。
⇒関連する記事はこちらをご覧ください。
・トラウマとは
トラウマというのは「処理されずに残った理不尽な出来事の記憶」のことをいいます。通常、記憶というのは日々処理されていって過去のものとなっていきます。睡眠をとると薄れていきます。記憶を処理する場合に大切なのは、感情 です。出来事の記憶に、適切な感情を充てることができると記憶は処理されていきます。このことを別の言い方では 共感 と呼びます。
あまりにも理不尽な出来事というのは、「なんでなんだ!?」とショックを受けます。わかりやすい例で言えば、本当は子どもを大切にする・守るはずの親が子どもを罵倒する。なぜそんなことをするのか、通常の感情で割り切れない。そうするとその記憶は残っていってしまう。
・本当の自分をないがしろにされ、トラウマが生じる
また、【本当の自分】の感覚をないがしろにされるようなコミュニケーションが継続された場合も、同じようにトラウマになります。例えば、子どもがお腹が空いているのに、躾として無理やり眠らされてしまう、といったことです。
夜中にお腹がすいた、というのはわがままと言われるかもしれません。しかし、人間というのは、自分の感覚を適切に捉えることができれば、必要のないときにはお腹はすきません。肥満を生むような過剰な食欲は執着によるものであることが多い。なぜなら、動物を見ればわかるように自然界ではお腹いっぱいになるとそれ以上は求めないからです。際限のない欲望というのは本能ではなく、むしろ頭で起きている幻想、トラウマが原因でし癖(中毒)として起きていることが多いのです。
【本当の自分】の感覚をサポートするようにすれば、自分や世界への信頼がありますから、わがままもなくなります。
反対に、【本来の自分】の感覚を否定されて世界への信頼が失われることで、欠乏への恐怖がおき、問題行動が生じるのです。感じている自分の感情を否定されることが続くと、そもそも充てるべき自分の感情が何かもよくわからなくなります。そうして大人になってからも傷つきやすい体質になっていきます(不安定型愛着)。
・理不尽な記憶が自分を打ちのめし続ける
このような状況では、【本来の自分】に対する不信を回復しようとしても常に「処理されない理不尽な記憶」が傍にあって、立ち直ろうとする自分を打ちのめし続けます。
理不尽な出来事について割り切れない状況が続くと、次第に歪んだ意味付けを行うようにもなります。
「僕がいい子にしていないから、お母さんは僕を罰したんだ。」 とか、
「僕のためを思って、罰してくれたのだ」と。
・問題行動で苦しみを和らげる
また、理不尽な出来事というのはものすごいストレスです。常に緊張が下がらない状況にあります。そのストレスを人為的に緩和するためにし癖行動、問題行動を起こします(アルコール、リストカット、薬物、暴力、人間関係での問題 などなど)。
問題行動を起こすと脳内ホルモンが分泌されて一時的に苦しみが和らぎますが、ホルモンが切れると急激に不安や自責の念がやってきてさらに緩和するために問題行動を繰り返すことになります。
・<ハラスメント>に対抗できず、支配されてしまう
【本来の自分】を信頼することができないと、社会を生きる中で受ける<ハラスメント>にうまく対抗することができない。ダブルバインドで容易に揺るがされてしまう。他者から支配されてしまう。
こうした状況を解決するためには、目先のコミュニケーションの改善でなんとかするということではとても追いつきません。根本部分でアンカーとなっているトラウマを解消する必要があります。
(下)につづく:<ハラスメント>から抜け出す方法、など
⇒関連する記事はこちら
「あなたの苦しみはモラハラのせいかも?<ハラスメント>とは何か」
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
参考
安冨歩「誰が星の王子さまを殺したのか――モラル・ハラスメントの罠 」(明石書店)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
など