近年、大きく変わり始めて腰痛への治療。かつては「脊椎の障害」として診断されていたものが、エビデンスに基づく医学の進展も背景に、心理、社会的な要因が大きく影響する症状として捉えなおされています。今回は、医師の監修のもと公認心理師が、専門書をもとに腰痛についてまとめてみました。
<作成日2016.10.30/最終更新日2023.2.6>
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
![]() |
この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
---|
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・腰痛とは何か?
・腰痛の原因とは何か?~8割以上が原因不明
・原因のわかる腰痛でも診断は簡単ではない
・診断名がついても腰痛の原因が分かったことを意味しない
・なかなか効果が上がらない既存の治療方法
(下)につづく
[(下)のもくじ]
・変化する腰痛概念~「脊椎の障害」から「生物・心理・社会的疼痛症候群」へ
・痛みの感じ方は社会的、心理的に要素で変わる
・脳がもたらす幻の痛み(腰痛)を作り出すメカニズム
・診断名には惑わされない
・慢性腰痛を克服するために必要なこと
腰痛とは何か?
・腰痛の定義
実は、腰痛(Low back pain)について確立した定義はありません。
「腰部に存在する疼痛」という症状であるとされます。病名ではなくて症状名です。
・腰痛の区分
発症の期間からの区分として
3カ月以上痛みが続いているものを「慢性腰痛」
3カ月未満のものは「急性腰痛」と呼ばれます。
・多くは自然と治癒していく
腰痛の特徴として多くのものは自然に治癒していきます。
慢性腰痛で悩む方は日本では、およそ2800万人もいると考えられ、まさに国民病という状況です。男性よりも女性に多い症状です。
(参考)「ぎっくり腰」とは何か?
いわゆるぎっくり腰とは、急性腰痛のことを指します。古くは「魔女の一撃」と呼ばれたほど激しい痛みに襲われます。多くは原因が不明で1カ月以内に回復します。近年は、安静にするよりも積極的に動いたほうが早く痛みが治まるとされています。
(参考)「腰」は国や人によって異なる。
実は、「腰」とはどこからどこまでを指すかについて明確な定義はありません。国によっても違います。例えばドイツでは背中全体を指します。イギリスではお尻まで腰とされます。日本人でもどこを腰ととらえるかは体形によって異なります。
腰痛の原因とは何か?~8割以上が原因不明
・解明されていない腰痛の原因
腰痛は、まだまだ解明されていないことが多く原因は不明です。
元日本脊椎脊髄病学会理事長の菊地臣一氏も「腰痛は、研究者にとっても闇に迷い込むようで、いったん迷い込むと、なかなかその闇の中から抜け出せない。腰痛には、いくつもの不思議なことがある。その最大の不思議さは、発生機序や病態が21世紀を迎えた現在でも完全には解明されていないことである」「将来科学的に解明できるかどうか(中略)疑問である」「なぜ、腰痛だけがこれだけ科学が進歩しても股関節やひざ関節の人工関節全置換手術のような良好な成績を得られないのだろうか。」(菊地臣一『腰痛』)とその謎の深さを赤裸々に記しています。
・原因からの区分
腰痛は、原因が明らかなものを「特異的腰痛」
原因が明らかではないものを「非特異的腰痛」と呼ばれます。
腰痛の85%が原因がわからない「非特異的腰痛」です。
原因がわかる腰痛とは、「椎間板ヘルニア」や、「脊柱管狭窄症」、腫瘍や外傷など脊椎に関連する組織の異変や直接脊椎にかかわらない血管、泌尿器系、婦人科系臓器、消化器系の病気によるものです。脊椎に直接関係しなくても痛みの経路となる腰部に痛みを生じさせるのではないかと考えられています。
「非特異的腰痛」については、近年、「生物・心理・社会的疼痛症候群」ととらえなおされていることから、実は心理・社会的要因の影響が強いのではないかとされています。
原因のわかる腰痛でも診断は簡単ではない
原因がわかる腰痛として「椎間板ヘルニア」や、「脊柱管狭窄症」が挙げられますが、実はこれらを腰痛の原因とする診断も簡単ではないことがわかっています。なぜなら、椎間板ヘルニアがあっても必ずしも腰痛になるわけではありません。また、椎間板ヘルニアの通常は9割が自然と回復します。手術が必要というケースは1割程度とされます。脊柱管狭窄症も同様に必ずしも腰痛としてあらわれるわけではないようです。
背骨のゆがみ、変形、ヘルニアというのは誰にでもあるものです。背骨が完全にまっすぐな人などはいません。
つまり、画像などで解剖学的にチェックしても、それでも見つけたゆがみが腰痛の原因とは言い切れないようです。これまでは、治療者が推測でそれらのゆがみを腰痛の原因としてきました。
前出の菊地臣一氏も「腰痛は従来X線検査に代表される形態学的検討、あるいは血沈、臨床検査といった客観性重視の診療体制であった。しかし戦後60年以上経過しても、腰痛の治療成績向上は認められていない。しかも、患者の満足度は下がりつつある。」としています。
診断名がついても腰痛の原因が分かったことを意味しない
「腰痛症」「坐骨神経症」「腰椎捻挫」といった診断名が付くことも多いですが、これらは腰痛がある、ということを示しているだけで、腰痛の原因までを示しているわけではありません。また、「椎間板ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」という診断名がついても、腰痛の原因かどうかはわかりません。
病院に行って、上記のような診断が下っても、原因となる重篤な疾患が見つからなかったり、しびれなどの症状がなければ、腰の痛みがあっても自然に回復するため深刻に受け止める必要はありません。
・重篤な疾患を疑うケース
以下のような症状が起きる場合は、重篤な疾患が潜んでいる可能性がありますので、まずは医療機関で診察を受ける必要があります。
・がん、ステロイド治療、HIV感染を過去にしたことがある。
・時間や活動性に関係ない腰痛
・胸部の痛み
・栄養不良
・体重減少・広範囲に及ぶ神経症状
・構築性脊椎変形
・発熱
・発症が20歳未満、55歳以上(日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」(南江堂)より)
・横になってもいたい、らくな姿勢がない。安静にしている時もうずく。
・鎮痛剤を1カ月使用しても、がんこな痛みが改善されない。
・転倒や尻もちをついたあと、痛みが取れない。
・痛みやしびれが、お尻からひざ下まで広がる。
・排尿困難がある
・足の脱力がある。
(NHKスペシャル取材班「脳で治す腰痛 DVDブック」より)
なかなか効果が上がらない既存の治療方法
これまで腰痛の治療方法として知られているものですが、ガイドラインなどでは下記のようになっています。結論から言えば、いわゆる原因不明の腰痛(慢性腰痛)に有効であるとされるものは少ないようです。主要なものをまとめてみました。
・手術はどうか?
診断と原因との関係が明らかにできないことから、手術などが効果があるかどうかは明確にはわかりません。ガイドラインにおいても、ある種の症状に手術が効果があった、ということはあるようです。
ただ、たとえ重いヘルニアがあったとしても、それが腰痛を引き起こしているのかはわかりません。手術は身体にも重い負担をかけることになりますので、慎重に判断する必要があります。
腰痛診療ガイドラインでも、「腰痛に対する手術的治療は、(中略)体系化された認知行動療法より効果があるとは言えない」としています。本当に手術が必要なケースは、排尿障害やしびれによって足などに運動障害が見られるケースに限られます。
・ブロック療法(注射)はどうか?
硬膜外注射、局所注射については、ガイドラインでは、「一定の結論は得られていない」としています。効果は定かではありません。椎間板間接注射、脊髄神経後枝内側枝ブロック、神経根ブロックなどは痛みの軽減に効果があるとされています。
・コルセットなどはどうか?
気になるコルセットなどについてですが、腰痛診療ガイドラインでも、「慢性腰痛に対する腰椎コルセットは、無治療と比較して疼痛及び機能改善に効果が認められていない」としています。
気休めといった程度のようです。装着が腰痛への恐れを助長するようでしたらむしろしないほうがよいかもしれません。
・温熱療法はどうか?
急性の腰痛には有効であるようですが、慢性腰痛についてガイドラインは「エビデンスは存在しない」としています。
・代替治療(マッサージ、カイロプラクティック、整体、針など)はどうか?
代替治療についてもガイドラインは触れています。代替治療は短期的には効果があるようですが、慢性腰痛などについてはいずれも「効果があるとはいえない」としています。
客観的には効果は実証されないようですが、手技などを通じて心理的な不安感やストレスをのぞいたりといった意味はあるかもしれません。
・薬物治療について
薬物治療については、効果があるというエビデンスが示されています。薬物療法は、外用薬や内服薬が用いられます。痛み、炎症をおさえる、脳内の不安や興奮をおさえるものになります。具体的には、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)、アセトアミノフェン(解熱鎮痛薬)、抗てんかん薬、抗うつ剤、抗不安薬などが用いられます。
抗不安薬などは、腰痛を直接取るというよりは、腰痛による気分の落ち込みをおさえるためのものです。
以下の記事で、慢性腰痛の原因を、痛みをおさえる脳機能の失調と紹介していますが、薬物療法は本来は脳で生成する伝達物質を補助する役割があります。
(下)にすすむ:慢性腰痛を克服するために必要なこと
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
(参考)
日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」(南江堂)
菊地臣一「腰痛 :第2版」(医学書院)
NHKスペシャル取材班「脳で治す腰痛 DVDブック」
ジョン E.サーノ「心はなぜ腰痛を選ぶのか―サーノ博士の心身症治療プログラム」(春秋社)
長谷川淳史「腰痛ガイドブック -根拠に基づく治療戦略」(春秋社)
長谷川淳史「腰痛は<怒り>である 普及版」(春秋社)
菊地臣一「腰痛 -なぜ治らないあなたの痛み-(別冊NHKきょうの健康)」
菊地臣一「長引く腰痛は“脳の錯覚”だった -名医が教える最新の腰痛改善・克服法」(朝日新聞社)
など