近年、大きく変わりはじめた腰痛への治療。かつては「脊椎の障害」として診断されていたものが、エビデンスに基づく医学の進展も背景に心理、社会的な要因が大きく影響する症状として捉えなおされています。今回は、医師の監修のもと公認心理師が、専門書をもとに腰痛の治し方についてまとめてみました。
<作成日2016.10.30/最終更新日2026.10.18>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍(累計約4万部)、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・慢性腰痛では、心理社会的な要因が「実際の痛み」を生み、長引かせる
・腰痛とは何か?
・腰痛の原因とはなにか?一つの原因を特定できない腰痛が多い
・原因のわかる腰痛でも診断は簡単ではない
・診断名がついても腰痛の原因が分かったことを意味しない
・なかなか効果が上がらない既存の治療方法
・変化する腰痛概念~腰痛の理解は「腰の故障」から「生物・心理・社会モデル」へ
・痛みの感じ方は社会的、心理的に要素で変わる
・脳がもたらす幻の痛み(腰痛)を作り出すメカニズム
・診断名には惑わされない
→腰痛の治し方については、下記をご覧ください。
▶「慢性腰痛の治し方を公認心理師が解説~脳や心理へのアプローチ」
トラウマ臨床においては、身体に痛みが生じるというケースはよく見られます。そしてそうしたケースは身体的には問題がなく、トラウマケアなどを行う中で改善されていくことがよくあります。腰痛について海外では国家レベルで心理的社会的な要因であることが認められるようになっていることもそれを裏付けています。(もちろん、器質的な異常がある場合は所見に従った治療が必要なことはいうまでもありません) まずは、腰痛は身体に原因があるという先入観を除いたうえで今回の記事をご覧ください。 腰痛についての知見は、腰痛だけに限りません。頭痛やその他、器質的な異常は見られない慢性的な痛みといったことについても解決の糸口となります。
慢性腰痛では、心理社会的な要因が「実際の痛み」を生み、長引かせる
慢性腰痛というと、「腰の骨や椎間板などに異常があるから痛い」と考えがちです。
しかし、現在の疼痛医学では、痛みは身体の損傷をそのまま感じているものではないと考えられています。
痛みは、身体から入ってくる情報を、脳・脊髄を含む神経系が処理することで生じる体験です。その過程には身体の状態だけではなく、不安や恐怖、ストレス、注意、過去の体験、仕事、人間関係などの心理社会的な要因も関わっています。
つまり、心理社会的な問題は、単に「腰痛があるから気分が落ち込む」といった結果として存在するだけではありません。
強いストレスや不安、痛みへの恐怖、長期間の過緊張、人間関係の問題などが、神経系の痛みの処理に影響し、それ自体が実際の痛みを生み出したり、増幅したり、長引かせたりすることがあります。
そのため、MRIなどで椎間板の変性やヘルニアが見つかっても、それだけで現在の痛みを説明できるとは限りません。反対に、腰に痛みを十分説明できる異常が見つからなくても、本人が感じている痛みは現実のものです。
特に、3カ月以上続き、別の病気や明確な原因だけでは説明できない慢性一次性腰痛は、慢性腰痛の大部分を占めます。WHOも、こうした腰痛を身体・心理・社会的な要因が相互に影響するものとして捉え、患者教育、運動、認知行動療法などの心理的介入を含む治療を推奨しています。
ですから、慢性腰痛では、
「腰のどこが悪いのか?」だけを探すのではなく、
「何がこの痛みを生み出し、強め、長引かせているのか?」
という視点が重要になります。
例えば、
「また痛くなるのではないか」
「動いたらもっと悪くなる」
「自分の腰は壊れている」
という恐怖から身体を動かさなくなることで、痛みの悪循環が続くことがあります。
また、職場での強いストレス、ハラスメント、人間関係の緊張、感情を抑え続けること、トラウマなどが心身の過緊張を持続させ、痛みと連動しているケースもあります。
慢性腰痛を改善するには、腰だけではなく、「痛みを生み出している仕組み」そのものに働きかける必要があります。
そのために、痛みについて正しく知る心理教育、認知行動療法、運動療法、ストレスや過緊張へのケアなどが用いられます。
腰痛とは何か?
・腰痛の定義
実は、腰痛(Low back pain)について確立した定義はありません。
「腰部に存在する疼痛」という症状であるとされます。病名ではなくて症状名です。
・腰痛の区分
発症の期間からの区分として
3カ月以上痛みが続いているものを「慢性腰痛」
3カ月未満のものは「急性腰痛」と呼ばれます。
・多くは自然と治癒していく
腰痛の特徴として多くのものは自然に治癒していきます。
慢性腰痛で悩む方は日本では、およそ2800万人もいると考えられ、まさに国民病という状況です。男性よりも女性に多い症状です。
・「ぎっくり腰」とは何か?
いわゆるぎっくり腰とは、急性腰痛のことを指します。古くは「魔女の一撃」と呼ばれたほど激しい痛みに襲われます。多くは原因が不明で1カ月以内に回復します。近年は、安静にするよりも積極的に動いたほうが早く痛みが治まるとされています。
・「腰」は国や人によって異なる。
実は、「腰」とはどこからどこまでを指すかについて明確な定義はありません。国によっても違います。例えばドイツでは背中全体を指します。イギリスではお尻まで腰とされます。日本人でもどこを腰ととらえるかは体形によって異なります。
腰痛の原因とは何か?~一つの原因を特定できない腰痛が多い
・解明されていない腰痛の原因
腰痛の多くは、「この椎間板が悪いから」「この骨が変形しているから」と、一つの構造的な原因だけでは説明できません。特定の病気や構造異常によって痛みを十分に説明できない腰痛は「非特異的腰痛」と呼ばれます。
「非特異的」とは、「何も原因がない」という意味ではありません。 腰の組織、神経系、身体活動、心理状態、仕事や人間関係など、複数の要因が重なって痛みが生じたり、長引いたりしていると考えます。
元日本脊椎脊髄病学会理事長の菊地臣一氏も「腰痛は、研究者にとっても闇に迷い込むようで、いったん迷い込むと、なかなかその闇の中から抜け出せない。腰痛には、いくつもの不思議なことがある。その最大の不思議さは、発生機序や病態が21世紀を迎えた現在でも完全には解明されていないことである」「将来科学的に解明できるかどうか(中略)疑問である」「なぜ、腰痛だけがこれだけ科学が進歩しても股関節やひざ関節の人工関節全置換手術のような良好な成績を得られないのだろうか。」(菊地臣一「腰痛 :第2版」(医学書院))とその謎の深さを赤裸々に記しています。
・原因からの区分
腰痛は、原因が明らかなものを「特異的腰痛」、原因が明らかではないものを「非特異的腰痛」と呼ばれます。
腰痛の85%が原因がわからない「非特異的腰痛」です。原因がわかる腰痛とは、「椎間板ヘルニア」や、「脊柱管狭窄症」、腫瘍や外傷など脊椎に関連する組織の異変や直接脊椎にかかわらない血管、泌尿器系、婦人科系臓器、消化器系の病気によるものです。脊椎に直接関係しなくても痛みの経路となる腰部に痛みを生じさせるのではないかと考えられています。
「非特異的腰痛」については、近年、「生物・心理・社会的疼痛症候群」ととらえなおされていることから、実は心理・社会的要因の影響が強いのではないかとされています。
・データで見る「腰痛」
世界では、世界保健機関(WHO)の2023年の資料によると、2020年に約6億1,900万人、人口のおよそ13人に1人が腰痛を抱えていました。日本では、厚生労働省の2022年「国民生活基礎調査」で、腰痛の有訴者率は人口1,000人当たり93.3人、割合にすると約9.3%でした。これは、およそ11人に1人が調査時に腰痛を自覚していたことを意味します。
原因のわかる腰痛でも診断は簡単ではない
原因がわかる腰痛として「椎間板ヘルニア」や、「脊柱管狭窄症」が挙げられますが、実はこれらを腰痛の原因とする診断も簡単ではないことがわかっています。なぜなら、椎間板ヘルニアがあっても必ずしも腰痛になるわけではありません。また、椎間板ヘルニアの通常は9割が自然と回復します。手術が必要というケースは1割程度とされます。脊柱管狭窄症も同様に必ずしも腰痛としてあらわれるわけではないようです。
背骨のゆがみ、変形、ヘルニアというのは誰にでもあるものです。背骨が完全にまっすぐな人などはいません。つまり、画像などで解剖学的にチェックしても、それでも見つけたゆがみが腰痛の原因とは言い切れないようです。これまでは、治療者が推測でそれらのゆがみを腰痛の原因としてきました。
前出の菊地臣一氏も「腰痛は従来X線検査に代表される形態学的検討、あるいは血沈、臨床検査といった客観性重視の診療体制であった。しかし戦後60年以上経過しても、腰痛の治療成績向上は認められていない。しかも、患者の満足度は下がりつつある。」としています(菊地臣一「腰痛 :第2版」(医学書院))。
・MRIやレントゲンで異常が見つかっても、それが痛みの原因とは限らない
腰痛でMRIやレントゲンを撮ると、「椎間板が変性している」「ヘルニアがある」「骨が変形している」といった所見が見つかることがあります。
しかし、こうした画像上の変化は腰痛のない人にもよくみられます。
そのため、画像で異常が見つかったことと、その異常が現在の痛みを引き起こしていることは同じではありません。
もちろん、神経症状などと画像所見が一致し、実際に治療対象となるケースもあります。重要なのは、画像を見つけた瞬間に「これが痛みの原因だ」と決めつけないことです。
診断名がついても腰痛の原因が分かったことを意味しない
「椎間板ヘルニア」「腰椎すべり症」「変形性脊椎症」といった診断名を告げられると、「自分の腰は壊れている」と感じてしまいます。
しかし、診断名や画像所見がついたことと、それが現在の痛みの原因だと証明されたことは別です。
特に慢性腰痛では、「ヘルニアがあるから痛い」「骨が変形しているから一生治らない」と理解することで、動くことへの恐怖が強まり、活動が減り、結果として痛みが長引くことがあります。
診断名は必要な医学情報として受け止めながらも、その言葉から必要以上に「腰が壊れている」というイメージを作らないことが重要です。
・重篤な疾患を疑うケース
以下のような症状が起きる場合は、重篤な疾患が潜んでいる可能性がありますので、まずは医療機関で診察を受ける必要があります。
・がん、ステロイド治療、HIV感染を過去にしたことがある。
・時間や活動性に関係ない腰痛
・胸部の痛み
・栄養不良
・体重減少
・広範囲に及ぶ神経症状
・構築性脊椎変形
・発熱
・発症が20歳未満、55歳以上
(日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」(南江堂)より)
・横になってもいたい、らくな姿勢がない。安静にしている時もうずく。
・鎮痛剤を1カ月使用しても、がんこな痛みが改善されない。
・転倒や尻もちをついたあと、痛みが取れない。
・痛みやしびれが、お尻からひざ下まで広がる。
・排尿困難がある
・足の脱力がある。
(NHKスペシャル取材班「脳で治す腰痛 DVDブック」より)
なかなか効果が上がらない既存の治療方法
これまで腰痛の治療方法として知られているものですが、ガイドラインなどでは下記のようになっています。結論から言えば、いわゆる原因不明の腰痛(慢性腰痛)に有効であるとされるものは少ないようです。主要なものをまとめてみました。(出典:日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」(南江堂))
・手術はどうか?
椎間板障害など、痛みの原因となっている部位がはっきりしている場合には、手術が有効となることがあります。
一方、原因を一つの構造異常に特定できない慢性腰痛では、手術をすれば必ず痛みがなくなるわけではありません。
日本の『腰痛診療ガイドライン2019』でも、腰痛の原因が椎間板障害であることが確認されている場合には脊椎固定術が有効となる可能性がある一方、慢性腰痛に対する脊椎固定術の疼痛軽減効果は、認知行動療法や運動療法などの非手術治療と同程度とされています。手術の適応は慎重に判断する必要があります。
もちろん、神経が強く圧迫されて進行する麻痺や排尿・排便障害がある場合や、症状と画像所見が一致し、保存的治療で十分な改善が得られない場合などには、手術が重要な選択肢になります。
つまり、「画像に異常がある=手術すれば腰痛が治る」とは限らないということです。
・ブロック療法(注射)はどうか?
神経ブロックや硬膜外注射などは、痛みを軽減する目的で行われます。
慢性腰痛に対しても、適応を選べば短期から中期の痛みの軽減が期待できる治療があります。ただし、ブロックや注射にもいくつもの種類があり、どの腰痛にも同じように効果があるわけではありません。
『腰痛診療ガイドライン2019』では、神経ブロック・注射療法などのインターベンション治療について、一定の効果を示す研究がある一方、治療法ごとのエビデンスにはばらつきがあるとして、全体としては弱い推奨となっています。
そのため、「とりあえず痛い場所に注射を続ける」というより、どのような痛みに対して何を目的に行うのかを明確にすることが大切です。
・コルセットなどはどうか?
コルセットをつけると、一時的に腰が安定した感じがして安心できることがあります。
しかし、慢性腰痛に対してコルセットを長期間使用することが、痛みや身体機能を大きく改善するという確かな根拠はありません。WHOも、慢性一次性腰痛に対する腰部ベルトやコルセットを、通常の治療としては勧めていません。
特に、「コルセットがなければ動いたら危険だ」と感じるようになると、かえって腰への恐怖や活動の回避を強めることがあります。
必要な時期に補助的に使うことと、「腰は壊れやすいから常に守らなければならない」と考えることとは別です。
・温熱療法はどうか?
温めることで筋肉の緊張がゆるみ、一時的に痛みが楽になる人はいます。
ただし、温熱療法、牽引、電気刺激などの物理療法については、慢性腰痛を長期的に改善する治療としてのエビデンスは十分ではありません。
『腰痛診療ガイドライン2019』でも、物理療法・装具療法には有用なものがある一方、質の高い研究は少なく、明確に推奨できる治療は限定的とされています。
したがって、「温めれば治る」「引っ張れば治る」という単一の治療モデルでは、慢性腰痛を十分に説明できません。
・代替治療(マッサージ、カイロプラクティック、整体、針など)はどうか?
代替治療についてもガイドラインは触れています。慢性腰痛に対する徒手療法が他の治療より明確に優れているとは確認されていない、としています。ただし、WHOの慢性一次性腰痛ガイドラインでは、マッサージや脊椎マニピュレーションなど、一部の徒手的な治療も選択肢に含まれています。
客観的には効果は実証されないようですが、手技などを通じて心理的な不安感やストレスをのぞいたりといった意味はあるかもしれません。
・薬物治療について
薬物療法は、腰痛の痛みを軽減し、日常生活を取り戻すための重要な選択肢です。日本の『腰痛診療ガイドライン2019』でも、薬物療法は疼痛軽減や機能改善に有用とされ、慢性腰痛ではNSAIDsやSNRIなど複数の薬剤が検討されています。
以下の記事で、慢性腰痛の原因を、痛みをおさえる脳機能の失調と紹介していますが、薬物療法は本来は脳で生成する伝達物質を補助する役割があります。
変化する腰痛概念~腰痛の理解は「腰の故障」から「生物・心理・社会モデル」へ
現在の疼痛医学では、腰痛を腰の組織だけの問題としてではなく、身体的要因、心理的要因、社会的要因が相互に影響する痛みとして捉えます。
日本の腰痛診療ガイドラインでも、心理社会的因子は腰痛の遷延や治療成績に強く関係するとされています。
・「腰痛は脳の錯覚」とはどういう意味か?~慢性痛が続く仕組み
「慢性腰痛は脳の錯覚」と表現されることがあります。
ただし、これは「痛みが嘘」「本人の思い込み」という意味ではありません。
痛みは、身体から届いた情報を脳・脊髄を含む神経系が処理して生じる体験です。痛みが長期間続くと、神経系の痛みへの反応が変化し、実際の組織損傷の程度以上に痛みを強く感じたり、組織が回復した後にも痛みが続いたりすることがあります。
また、
「また痛くなる」
「動いたら腰を壊す」
「この痛みは治らない」
という恐怖が強いと、身体を動かすことを避けるようになります。活動量が減り、身体機能が落ち、さらに痛みが怖くなる――この悪循環が慢性化を支えます。
慢性腰痛ではDLPFC(背外側前頭前野)や側坐核など、痛みや感情、報酬などに関係する脳領域の変化を示す研究もあります。しかし、一つの脳部位だけが腰痛を作っているわけではありません。
「脳の錯覚」という言葉は、「痛みの強さは腰の傷み具合だけで決まらない」という意味で理解するのが適切です。
NHK特集「腰痛革命」でも紹介されて話題となりましたが、腰痛の慢性化には、痛みへの恐怖、抑うつ、仕事上の問題や不満など、心理社会的因子が強く関係することがわかっています(NHKスペシャル取材班「脳で治す腰痛 DVDブック」)。
・「腰痛についての考え方」を社会全体で変えると結果が変わった
オーストラリア・ビクトリア州では1990年代後半、腰痛について「長期間安静にしない」「できる範囲で活動を続ける」「仕事へ戻る」といったメッセージをテレビCMなどで大規模に伝えるキャンペーンが行われました。
その結果、一般市民だけでなく医師の腰痛に対する考え方も変化し、腰痛による労災請求や補償日数、医療費も減少しました。
腰痛について何を信じているかが、実際の行動や障害の程度まで変える。これは、慢性腰痛が単純な「腰の故障」ではないことを示す非常に興味深い例です
オーストラリアだけではなく、スコットランド、ノルウェー、カナダにおいても同じようなキャンペーンが行われ同様の成果を上げているとされます。
・以前から研究者により指摘されていた
実は、スイスのチューリッヒ大学の研究は今から20年前、オーストラリア政府のキャンペーンも同様に20年も前のものです。そうした取り組みの以前からニューヨーク大学のジョン・E・サーノ教授などが心理・社会的要因によるものと指摘していました。
ようやくさまざまな研究によって裏付けられ、いわゆる腰痛(明らかに事故や腫瘍などが原因ではない)は「生物・心理・社会的疼痛症候群」とされるようになりました。
※腰痛をストレスなどの社会・心理的な要因も考慮するようにガイドラインなどは求めていますが、これは心理主義のように心理的な要因にすべてを還元するようなことを意味するものではありません。これまではあまりに「生物」的要素のみで腰痛を捉えて十分な成果が上がらないことへの反省として、全体を捉えるようにということを意味します。
痛みの感じ方は社会的、心理的に要素で変わる
・痛みは、脳の錯覚や回避により強まる
痛みは、血圧や体温のように外から直接測定できるものではなく、本人が実際に経験している感覚・情動体験です。そのため、同じような身体状態でも、痛みの感じ方は人や状況によって変わります。
これは「気のせい」という意味ではありません。痛みは現実の体験です。しかし、痛みの強さと組織損傷の大きさは一対一には対応しません。
不安、恐怖、注意、過去の経験、現在置かれている状況などによって、神経系が危険をどの程度強く評価するかが変わり、痛みも変化します。
痛みを感じるのは脳です。身体の部位はあくまで末端で痛みを伝えるセンサーの役割をはたしているものです。そのため脳が錯覚したり、コンディションが異なると、痛みの感じ方は全く異なります。
実際に、戦場での痛みの感じ方と日常での痛みの感じ方を比較するとその結果は大きく異なるという実験結果があります。状況によっても大きく左右されることがわかっています。
しかし、身体の問題というは物理的で客観的なものだ、という意識があるため、痛みを感じる状況についてなかなか認知を変えることはできません。そのために痛みを恐れて回避することを繰り返して、痛みに弱い脳のコンディションが作られて慢性腰痛を生み出してしまうと考えられています。
・痛みを避ける行動が、かえって腰痛を長引かせることがある
「痛み行動」といいますが、「イタタッ」と痛がったり顔をしかめたり、患部をおさえたり、姿勢や歩き方を不自由にしたり、といった行動はむしろ痛みを強くしてしまいます。痛み行動をとると、脳がそれに見合う痛みを受けていると錯覚してしまうためだと考えられています。さらに、痛みを感じていることを周囲が気遣うと、学習効果によって強化・維持されていきます。
「痛み行動」には、通院や服薬も含まれます。慢性腰痛の場合は、病院に漫然と通い続けること自体が痛みを強化しているケースもあるのです。必要な医療を受けること自体が問題なのではありません。一方、重大な疾患が否定されているにもかかわらず、「まだ見つかっていない腰の異常があるはずだ」と検査や治療を繰り返し探し続けることが、痛みへの注意や恐怖を固定してしまう場合があります。
「痛み行動」の中で最も多いものの一つは安静です。腰痛治療のガイドラインでも、「安静は必ずしも有効な治療法とはいえない。」「急性の痛みがあっても、なるべく普段の活動性を維持することは、より早い痛みの改善につながり、休業期間の短縮とその後の再発減少にも効果的である。」「休業する期間が長ければ長いほど、職場復帰の可能性は低くなる」としています。
海外のガイドラインでも、安静することは有効ではない、とするとされています。つまり、安静にすることで、痛みの回避や恐怖心の増幅につながり、より痛みが慢性化するおそれがあるということです。
急性、慢性ともに腰痛の際は、重篤な疾患やあきらかな外傷がなければ、安静にせず、無理のない範囲で活動を続けることがより早く痛みを鎮めることにつながります。
脳がもたらす幻の痛み(腰痛)を作り出すメカニズム~ドーパミンシステムの機能低下
1.炎症やストレスなど何らかの要因によって腰に痛みが生じます
2.脳に伝わり、神経細胞が興奮する
3.DLPFC(痛みをコントロールする脳の部位)が神経細胞の興奮をしずめる
4.痛みを回避しようとする恐怖心を持ち続ける
5.DLPFCが恐怖心をおさえようとして活動を続けて、次第にDLPFCの機能が衰えはじめる
6.DLPFCが衰えて神経細胞の興奮をおさえられず、脳の神経細胞が興奮をし続けて、幻の痛みが持続する
最初の痛みを実際の炎症と見る考え方もあれば、心身症としてストレスが引き起こしている、とする研究者もいます。
診断名には惑わされない
・根拠なくつけられる診断名も多い
「椎間板ヘルニア」「腰椎すべり症」といった名前を耳にしたことがあるかと思います。
しかし、実はこれらは、医師が現場で便宜的につけたもので、腰痛の診断名としては根拠のないものであることが多いとされます。それどころか、本来外科的な医療の対象ではないものまで医療の対象としてしまっているのでは、という懸念が指摘されています。
腰痛に関する知見をまとめた『菊地臣一「腰痛 :第2版」(医学書院)』の中でも、下記のように記されています。
「腰痛の診断の多くは、病理学的な客観的概念に基づいているものではなく、臨床医の考え方を表しているものが多いというところである」「すなわち、便宜上つけられた診断名が、腰痛を医療の対象にしてしまっている可能性が危惧されている。」「診断名に対する科学的な根拠は不十分と言わざるを得ない。」「米国での腰痛の診療ガイドラインも、椎間関節症、変形性脊椎症、腰椎椎間板症、挫傷、などの疾患名は、症状との関連性については何ら科学的な根拠は提示されていないことを指摘している。」「日常診療上、椎間関節、椎間板に起因する疼痛を臨床的に正確に診断することは不可能である。」「不正確な分類、例えば「損傷」などが腰痛による活動障害を助長している可能性も指摘されている。」「椎間板や脊椎の損傷とか、椎間板の突出といった言葉が、患者に「病的な変化」とか「外傷」とかという印象を与え、無用な不安をかき立てている」「患者はそのような診断名が腰痛の原因であるとそのままうけとめてしまう」
英国の診療ガイドラインでは、
「腰痛患者には前向きな助言を与え、悲観的な説明を避けるように」としています。
つまり、念のために診断を受けることは必要ですが、そこで提示される診断名を真に受けることはできないようです。治療者の考え方によって科学的な根拠のない診断名が付くことがあったり、自らが提供している改善法の前提としての診断名をつけるということもあるようです。
・診断名は適切に受け止める
「腰痛症」「坐骨神経痛」「腰椎捻挫」「腰椎すべり症」というのは腰痛があるということ以外に何も示していませんし、「腰椎すべり症」、「椎間板ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」についてもそれが腰痛の原因かどうかはわかりません。ヘルニアの9割は自然に回復するとされます。そうした診断名が下ったとしても、あくまで便宜的なものとして、適切な受け止め方が必要です。
結論から言えば、腫瘍などあきらかに重篤な疾患との関連が明らかにならなければ、検査で示される背骨のゆがみや椎間板の問題は、腰痛の原因ではないということです。非特異的腰痛の場合、別の記事(「慢性腰痛の治し方を公認心理師が解説~脳や心理へのアプローチ」)でまとめるような、心理療法、運動療法、場合によっては薬物療法をまずは第一選択とすることが適切です。
→腰痛の治し方については、下記をご覧ください。
▶「慢性腰痛の治し方を公認心理師が解説~脳や心理へのアプローチ」
※サイト内のコンテンツを転載などでご利用の際はお手数ですが出典元として当サイト名の記載、あるいはリンクをお願い致します。
(参考・出典)
日本整形外科学会「腰痛診療ガイドライン2012」(南江堂)
菊地臣一「腰痛 :第2版」(医学書院)
NHKスペシャル取材班「脳で治す腰痛 DVDブック」
ジョン E.サーノ「心はなぜ腰痛を選ぶのか―サーノ博士の心身症治療プログラム」(春秋社)
長谷川淳史「腰痛ガイドブック -根拠に基づく治療戦略」(春秋社)
長谷川淳史「腰痛は<怒り>である 普及版」(春秋社)
菊地臣一「腰痛 -なぜ治らないあなたの痛み-(別冊NHKきょうの健康)」
菊地臣一「長引く腰痛は“脳の錯覚”だった -名医が教える最新の腰痛改善・克服法」(朝日新聞社)
など
















