実は、珍しい症状ではない「声が聞こえる」(幻聴)という悩みについて医師の監修のもと公認心理師が、その原因と正しい対処法をまとめてみました。よろしければご覧ください。
<作成日2016.10.15/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・“声”が聞こえる人は実はとても多い
・人間とは多声的な存在
・幻聴とは何か?
・幻聴の治療、対処方法
“声”が聞こえる人は実はとても多い
「幻聴(Auditory hallucination)」と言ってしまうと統合失調症などの一級症状として特殊なイメージがありますが、声が聞こえる人はとても多いです。さまざまな調査でも、「声が聞こえますか?」と聞くと、3~6%の方で「経験がある」と回答します。そのうち、統合失調症に該当する人は1割強程度とされるため、声が聞こえるというのはごく普通にある経験と言えます。
カウンセリングに訪れるクライアント様にも、よくよく話を聞いてみると「声が聞こえる」と訴える方は多いです(もちろん、統合失調症ではありません。)。その聞こえ方はさまざまです。本当にそこにいる人間の声のように聞こえるというよりは、過去に聞いた人の声が繰り返されたり、内言のようなものが多いようです。
「声が聞こえる」ことを特殊なケース、あるいは気のせいだとして扱うと、その方の苦しみは見えてこなくなります。
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人間とは多声的な存在
「声が聞こえる」ということは人間にとってはどんな意味があるのでしょうか?考古学者ジュリアン・ジェインズによれば、かつての古代の人間は「二分心」といって無意識に聞こえる神の声に従って生きていた、とされます。ソクラテスも”声”に従っていたとされます。日本でも、声は「空耳」「腹内人声」などと呼ばれていました。次第に”声”は一部の人しか聞こえなくなり、そうした人たちは巫女や預言者のような扱いをされ、現代にいたると統合失調症と呼ばれるようになりました。統合失調症患者も近代以前は、一定の敬意を払われて社会に居場所があったようです。
ギブソンなど生態学的哲学を研究している河野 哲也氏によると、人間の意識というのは個としてあらかじめ存在しているのではなくて、環境を知覚することではじめて存在するものです(環境に拡がっている)。頭で考える思考も、他人の動作や声に共鳴する中で生まれるものであり、本来の人間は多声的な存在である、としています。自分の考えも他者の声への自動的な共鳴の中にいて、多声性を制御することで自己の一貫性を保っています。
つまり、もともと頭の中ではさまざまな声が渦巻いていてそれを脳の力でおさえて自分の考えとしているのではないか、というのです。
それを証明するように、睡眠不足や過度のストレスなどコンディションが悪くなると(①不安、②孤立、③過労、④不眠の4条件がそろうと)、普通の人でも幻覚が見えます。遭難経験などでよく伝えられるエピソードです。統合失調症のように精神疾患から内的なコンディションが悪くなっても多声性を制御できなくなることがわかります。
瞑想などある種の修練や催眠療法などの手法によっても、消去している声を聴くことができるというのもこうしたメカニズムに故なのかもしれません。
「声が聞こえる」というのは誰にでも今まさに起きていることであり、普通の人はそれらをあえてノイズとしてキャンセルしていると考えるとわかりやすいです。
幻聴とは何か?
・幻聴の定義
幻聴の定義はさまざまなものがありますが、簡単に言うと下記のようなものです。
「対象なく音を知覚すること。最も多いのは人の声」
幻聴の中でも、特に誰かが話しているように聞こえるものを「幻声」といいます。幻聴、幻声が聞こえるからと言って、たちまち精神疾患、精神障害というわけではありません。
・幻聴の正体とは?
幻聴の正体とは、基本的にはその人に内在された考えや過去に他者から浴びせられた声です。
上記で人間とは本来多声的といいましたが、過去に自分に対して批判された言葉であったり、自分の考え(内語)であったりします。オランダの精神科医であるマリウス・ロウムは、幻聴はトラウマ体験に根差しているとしています。
“自分の考え”と書いていますが、人間は環境の影響を蓄積して存在していますから、自分の考えと他者の考えとに明確な区別はありません。
例えば、読者の皆様が自分の考えと思っていることのほとんどが、実はこれまでの教育や書籍、テレビ、人などから見聞きした情報や考えで構成されています。全くのオリジナルな考えというものはありません。
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・声の聞こえ方
人の声
単語
短いフレーズ
ひとまとまりの会話
知っている人の声/知らない人の声
他の音(TVや車の音など)と一緒になって聞こえる など
雑音
音楽
など
・聞こえる場所
外から聞こえる
体の中(のど、首、胸、お腹など、)から聞こえる
耳元から聞こえる
頭の中で聞こえる
目の前にいる人から(実際には話はしていない)
返事をすると声が返ってくる
特定の場所に行くと聞こえる(トイレや部屋など)
など
・内容
・否定的なもの
非難するような内容
強迫するような内容
攻撃的な内容
命令するような内容
・肯定的なもの
人が対話しているような内容
励ますような内容
否定的な内容を聞く割合は、統合失調症の場合は9割を越え、一般の人の場合だと3割程度とされます。
・幻聴が生じる条件
幻聴が生じる条件として下記の4点が指摘されています。
①不安、②孤立、③過労、④不眠
遭難時などはまさに4条件が重なるため幻覚、幻聴が生じます。統合失調症などの精神疾患、精神障害によっても同じことが生じます。統合失調症の要因として、「破壊的な母子関係」(サリバン)など安心安全ではない環境に求めるものが多いのですが、これらも、上記の条件(不安や孤立、その結果としての疲労や不眠)を生むことがわかります。
私たちは社会的に孤立すると、内的な対話が増えたり、幼い頃であればぬいぐるみと会話したり、ということがありますが、逆境から自らを救うために「声」を必要とすることがわかります。つまり、幻聴というものがたちまち取り除くべき悪いものではありません。
(参考)脳から見た幻聴
脳から見た幻聴もまだまだ研究の途上です。幻聴にかかわる脳の領域としては、前頭葉と側頭葉があります。特に側頭葉の左上側頭回との関連はさまざまな実験に共通して指摘されています。左上側頭回は感覚性言語にかかわる領域です。また、内語を自分のものと判断する機能(左中側頭回)が低下して、他者からのものと誤解してしまうことが原因と示唆する実験結果もあります。
幻聴の治療、対処方法
・生活や環境を整える。
幻聴が生じる4条件(①不安、②孤立、③過労、④不眠)を取り除いていくことが必要です。まず、しっかりと睡眠をとり、疲労を癒すことが必要です。家庭や職場などストレスフルな環境である場合は、環境を変えることが求められます。
・無理に声を消そうとせずに、その背景を理解する。
古くから幻聴への対処として「無理に消そうとするとよくない」とされます。上記のように、幻聴が生じる背景には、不安や孤立があります。生体的にはノイズをおさえる機能が低下しているという見方もできますし、心理的には幻聴に頼らざるを得ないということもあります。
私たちも家庭や、学校、仕事などであまりにも逆境に立たされた時に、内側にある自分や他者と対話したり、ということがあります。内的な言葉に大いに助けられる、ということがあります。そのことと幻聴とは地続きの出来事です。
そのため、幻聴をただ悪いものとして除くことの前に、どうしてそれが生じているのか、必要とされるのか、を理解して、その背景を整えることが必要です。
・トラウマに対するケア
精神科医のロウムも述べているように幻聴の背景にはトラウマ体験があるとされます。処理されずに記憶として残っているしつこい声に対しては、トラウマケアが有効です。
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・適切な態度で幻聴に接する
妄想・幻聴は、無視する、返事しない、聞き流す、知らん振りをする、が対処の原則です。返事をしたり応対していると、よりひどくなったり、おさまらなくなったりすることがあります。どうしても答えたくなるような内容の場合は、「はい」「いいえ」と短く応答するにとどめます。
また、幻聴とは、実際の声ではなく自分の声や過去に受けた他者の声が内的に繰り返されているだけだということを知ることも大切です。幻聴を真に受けてしまう場合は、最近は認知行動療法などで幻聴の受け止め方を修整することも有効とされます。声の内容を書き出してみたり、友人、知人に伝えてみましょう。書き出してみるとその内容が妥当なのか、判断できます。
幻聴に気を取られないようにするためには、例えば、他の作業をする、ヘッドホンで音楽を聴く、頭で考えることを止めてみる、運動する、といったことや声にお願いして、必要な時だけ出てもらうように約束する、ということも有効です。
ずっと無視することはとても消耗しますから、声には時間を決めて相手をする、ということも有効です。命令調の幻聴に対しては、「今していることが終わってから」として後に延ばしてもらったり、「そんなひどい内容なら聞かない」と限界を設定することや、危険な内容なら自分で安全な内容に弱める/変えるようにする、「周りが悲しむからいやだ」「疲れたよ」といった風にある程度定型の言葉で返すことも効果があります。
・薬物療法
統合失調症などが精神疾患、精神障害が疑われる場合や声があまりにもうるさい場合は、薬物による改善も有効です。その際は、抗精神病薬が用いられます。処方は医師と相談して行います。決められた量とタイミングで服用し、自分で減らしたり中断したりしないようにしましょう。
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(参考)
黒川昭登他「幻聴・不安の心理治療 人間的理解の必要性」(朱鷺書房)
石垣琢麿「幻聴と妄想の認知臨床心理学 精神疾患への症状別アプローチ」(東京大学出版会)
日本臨床心理学会「幻聴の世界 ヒアリング・ヴォイシズ」(中央法規出版)
ポール・チャドウィック「妄想・幻声・パラノイアへの認知行動療法」(星和書店)
原田誠一「正体不明の声ハンドブック」
など