うつ病は、昨今は、専門家でさえもその定義に困るほど、概念が膨張してしまっています。そのため、うつ病でお悩みの方にとっても、整理された適切な情報を得ることはなかなか大変です。
日本うつ病学会理事長だった、野村総一郎教授も
「皮肉なことにうつ病への関心の高まりと比例して、それが大衆化し、それに応じて誤解も広がり、その弊害も大きくなっているように思える」「うつ病を研究している専門家の間ですら、うつ病概念への安直な理解、もっとはっきり言えば誤解がまん延しつつある」(野村総一郎「うつ病の真実」(日本評論社))と述べていますが、インターネットや書籍においても、誤解あるいは誤解を招くような表現も多くあります。
また、製薬会社が開設するページであれば、全く誤りではいないものの、表現としては、うつ病は薬物療法の対象となる病気であるとの内容にどうしてもなってしまいます。(実際には、抗うつ剤はうつ病の2割に必要で、残りは経過観察や、休養、精神療法での対応が主になります。)
今回、医師の監修のもと公認心理師が、皆様にわかりやすくまとめてみました。
よろしければ参考にしてください。
⇒関連する記事はこちらをご覧ください。
「双極性障害(躁うつ病)の理解と克服のために大切な4つのポイント」
<作成日2015.12.21/最終更新日2023.2.6>
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
![]() |
この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
---|
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
1.うつ状態とうつ病とは異なる
2.うつ状態(うつ病)の原因はタイプによって異なる
3.内因性うつ病のメカニズムは、まだ完全にはわかっていない
4.原因を単純化する情報には要注意
5.「原因」と「きっかけ(誘因)」「病前性格」「メカニズム」は異なる
6.ストレスなど原因がわかっているものはいわゆる典型的なうつ病ではない
7.うつ病の本が、うつは「ストレスが原因」と言いながら、別の箇所で「脳の病気」だといってしまう理由
8.「新型うつはうつ病ではない」とする精神科医や研究者も多い
9.うつ病の意味~より深い原因とは
10.うつ病の患者側も必要な知識を得ることはとても大切
1.うつ状態とうつ病とは異なる
まず、基本的なことですが、
「うつ状態(抑うつ状態)」と「うつ病(Depression)」とは異なります。
「うつ状態」とは、インフルエンザで言うと「熱がある」「体がだるい」といったことです。インフルエンザかどうかは、さらに診断を行わないとわかりません。別の病気が原因で「熱がある」という状態はありえます。花粉症でも熱や体のだるさが生じることがありますが、だからといって、花粉症性インフルエンザ といったことにはなりません。花粉症は花粉症でありインフルエンザとは異なります。
「うつ状態」も同様に、うつ病ではなくても、うつ状態というのは起こりえます。不安障害でも起きますし、適応障害でも起きます、トラウマによっても起きる。発達障害、統合失調症でも生じる。もちろん、病気とは言えない単なる性格傾向でも起きます。月曜日の前、長期休暇明けにも起きます。
だからといって「うつ病」というわけではありません。
・定義が拡大され、かつては病気ではなかったものまでが「うつ病」に
昨今は、「うつ病」の範囲を拡大しすぎたために、日常の「憂うつ」まで、新型のうつ病と診断されて、薬を処方される、というようなことまで生じ、問題になっています。
上記に書いた花粉症性風邪 ということはおかしいことに気づきますが、
うつ病の場合は、当たり前のように、「○○うつ病」といった新概念が作られてしまって、混乱してしまっています。
「うつ状態」と「うつ病」とは異なるということをまず踏まえて、ご自身の状態が「うつ病」なのか、他の要因からくる「うつ状態」なのかを見極めていくことが大事です。
2.うつ状態(うつ病)の原因はタイプによって異なる
うつ病(うつ状態)の原因は一つだと思ってしまいますが、タイプによって異なります。タイプは通常は、大きく分けて2つです。
内因性うつ病
内因性とは、他の病気や環境や心理的なことが原因ではなく、遺伝的な体質などによって生じるものです。基本的には、思い当たる理由なく生じるのがうつ病ということです。いわゆるうつ病とは、内因性うつ病のことを指します。抗うつ剤などが効果を発揮するのは、内因性うつ病になります。
拡大されたうつ病の概念と区別するために、「中核的うつ病」「典型的なうつ病」といった表現をされる場合もあります。この場合は、うつ病になった直接的な原因はわからず(了解不能、断絶)、しいて言えば、「脳(あるいは身体)のくたびれ」で起きると考えられています。
そのメカニズムは、脳の神経伝達物質や神経栄養因子など生化学反応の不調や、副腎や甲状腺のホルモンの乱れなどが考えられます。
神経症性うつ病(抑うつ神経症、反応性うつ病、抑うつ反応)
心理的な要因、環境的な要因、などで生じるものです。ストレスや環境、あるいは、内面にある問題(トラウマなど)が原因として考えられます。
抗うつ剤はほとんど効果がなく、休養や心理療法が効果を発揮するのが、神経症性うつ病となります。
かつてであれば、「ノイローゼ」とか、「神経衰弱」といわれていた、病気の手前の不調状態もこれに当たります。
※ただ、神経症性のうつ病と、内因性のうつ病ははっきり区別することが難しいこともあります。
3.内因性うつ病のメカニズムは、まだ完全にはわかっていない
直接的な原因がなく生じるのが内因性うつ病ですが、そのメカニズムについては、いくつか仮説がありますが、まだ、明確にはわかっていません。
現在認められている主要な仮説についてまとめてみました。
・モノアミン仮説
神経伝達物質モノアミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン)の不足が原因とするもの。結核の薬(イソニアジド)を投与された患者が朗らかになることから始まります。イソニアジドはモノアミンを増加させる効果があったために、逆算で、うつ病の原因はモノアミンではないか、ということで打ち出された仮説です。
・モノアミン受容体仮説
モノアミンを増加させても必ずしも回復しないケースも多いことから、今度は、モノアミンを受け取る受容体が何らかの形で神経伝達物質を受け取れない状態であることが原因であるとする仮説です。
・BDNF仮説
うつ病患者を調べると脳の収縮がおきていることから立てられた仮説です。ストレスを受けると、神経新生に必要なBDNF(神経栄養因子)が抑制されて、神経細胞が収縮してしまい、抗うつ剤を投与されると、収縮が改善していくことがわかっています。
・体内の炎症を原因とする説
ケンブリッジ大のエドワード ブルモア医師などは、外科的な治療などのあとにうつ状態におちいるケースから、体内の炎症が起きるとそのシグナルが脳内のマクロファージを活性化させて脳内で炎症が生じ、結果うつを生じさせるのがうつの根本的な原因ではないか、としている。脳内で慢性的な炎症が生じるとセロトニンなどモノアミンを産生する力が落ちることが要因としています。脳内の炎症はストレスによっても生じます。
・その他
上記以外にも、一部の難治性患者さんには甲状腺ホルモンを投与すると治ることから甲状腺系の不調ではないか、と考えられるもの。
また、「うつ病=脳の病気」と短絡的にとらえて治療を行ってもうまくいかないケースも多く、むしろ、生活習慣病ととらえて生活改善なども含めた対応が必要との意識から、ストレス応答系の慢性的な失調ではないかと考えるものなどもあります。
産後や更年期にうつになることもあることから、ホルモンの乱れなども原因となることがあります。
4.原因を単純化する情報には要注意
うつ病は原因もさまざまです。
単純化して、すべてが心理的なものだ、ストレス性の障害なのでトラウマだ、としてしまうのは間違いですし、全て脳の病気だとして薬で治るとするのも不適切です。
原因を単純化してしまっては、適切な治療を受ける機会を妨げてしまうことになります。何が原因なのかは、タイプによって異なります。ご自身がどのタイプのうつ病で、何によって生じているのかを見極めることが大事です。
5.「原因」と「きっかけ(誘因)」「病前性格」「メカニズム」は異なる
インターネットの情報や書籍などでも区別して書かれていないことが多く、わかりにくいことですが、うつ病の「原因」と「きっかけ(誘因)」あるいは「病前性格」「メカニズム」とは異なります。
典型的なうつ病といわれる内因性うつ病は、原因がわからず、しいて言えば長年の疲労の蓄積から脳や身体が「へたって」発病してしまうと考えられています。
しかし、原因のない内因性うつ病にも発病のきっかけ(誘因)があります。
それは、
・仕事でのトラブル
・転勤や異動、転職
・身内の病気や別離
・結婚、離婚
・引越、新築
・家庭内のトラブル
などといったことが代表的です。
これらは、直接の原因ではなく、あくまできっかけ(誘因)です。
また、「病前性格」つまり「うつ病になりやすい性格」というものがあるとされています。
「メランコリー親和型」あるいは「執着性格」と呼ばれるのですが、
簡単に言うと、責任感が強く、几帳面で、規律を守る、生真面目、完璧主義といったことです。
これも、直接の原因ではなく、背景にある性格傾向、ということです。
「原因」と「きっかけ(誘因)」「病前性格」との違いは、
直接的なものか、背景的なものか の違いです。
別の例に置き換えるとわかりやすいのですが、
例えば、身体の病気でも同様に、激しいストレスで胃の病気になったら、原因は「ストレス」ということです。
しかし、健康な生活をしている中年以降の人が、胃の病気になった場合では、直接の原因は不明、しいて言えば、歳による長年の蓄積で病気となったと考えられる。病気になった胃を調べるとどこが悪いかを指摘できます(メカニズム)。
病気になった前後に仕事が忙しかったので、それがきっかけ(誘因)とも言えるが直接の原因とはいえません。体質的にも病気になりやすい人とそうではない人がいます(病前性格)。ということです。
この胃の病気と同じように、基本的にうつ病は大人がかかるもので、直接の原因がないままに発症するものとされています。
※もちろん、最近は子どもにもうつ病があるのではと考えられ、研究が進んでいます。
6.ストレスなど原因がわかっているものはいわゆる典型的なうつ病ではない
よく、「うつ病はストレスが原因だ」といった書き方がされます。
しかし、うつ病は、発症の原因・理由が了解できないもの(了解不能/断絶)、通常の心理的な悩みとは異質なもの、ということがその特徴とされます。もし、直接の原因がわかっているのであれば、それは、「典型的なうつ病(内因性うつ病)」ではなく、「神経症性抑うつ状態(神経症性うつ病)」と診断されます。
「ストレスが原因」という場合には神経症性抑うつ状態のことを指すか、内因性うつ病の背景として考えられる、長年の疲労蓄積のことを指しているのです。
7.うつ病の本が、うつは「ストレスが原因」と言いながら、別の箇所で「脳の病気」だといってしまう理由
よくある一般向けのうつ病の本で最初「うつはストレスが原因です」と言いながら、治療で薬物療法の説明に入った途端に「うつは脳の病気です」と書かれている、という矛盾(?)が指摘されることがあります。確かにわかりにくいポイントの一つです。
これも、以下のように考えると整理して捉えることができます。
ストレスというのは、長期の蓄積疲労も含めたものを指している。
例えば、電化製品も、長く使っていたら「ある日突然理由なく」故障してしまいますが、それも、長く使っていたという意味での疲労(ストレス)で壊れるということです。
そして、故障した電化製品の中を開けてみるとどこかの部品が壊れていることがわかります(故障のメカニズム)。うつ病の場合は主要な部品は脳ですから、「脳の病気」だという説明になる。また、抗うつ剤は、うつ病のために開発されたのではなく、気分を向上させる効果があることからうつ病に用いられています。そのため、特に薬物療法の説明の際には「うつは脳の病気です」といった表現がなされてしまうのです。
また、自責感の強いうつ病患者に対して、本人のせいではない、ことを強調するために、不可抗力的な「脳の病気です」と伝えるという意味もあります。
8.「新型うつはうつ病ではない」とする精神科医や研究者も多い
新型うつ、現代型と呼ばれる、これまでにはないタイプのうつ病が注目されています。新型うつは、その患者のタイプも異なります。
典型的なうつ病は、自分を責めるのに対して、新型うつは他者を責める、また、抗うつ剤が効かない、などです。
精神科医や研究者の中には、新型うつはDSMという症状中心の診断基準が普及した結果、かつてであれば、単なる性格傾向や、ノイローゼとされていたものもうつ病というカテゴリーに含まれただけで、これらはうつ病ではないのではないか、と疑問を呈する人も多くいます。
9.うつ病の意味~より深い原因とは
野村総一郎教授は、著書の中で、ユウウツ感情は、「新たな生き方を導き」「争いを避け」「周囲の援助を引き起こす」ために進化したとしています。
また、「ユウウツが本当に消えるのは、その人が長く追求してきた目的を完全にあきらめ、自分のエネルギーを別の方向に向けるようになった時である」という海外の研究者の言葉を引用しながら、新たな生き方を導く生物学的なメッセージではないか、としています。(野村総一郎「うつ病の真実」(日本評論社))
実は、うつ病を治す上でも、こうした解釈は重要で、元通りの生活に戻ろうとするよりも、考え方を切り替えて新たな人生のスタイルに変えようとすることが適切な回復をもたらし、再発を防ぐために良いとされています。
10.うつ病の患者側も必要な知識を得ることはとても大切
冒頭の言葉にもありますように、現代のうつ病治療はとてもわかりにくくなっています。
誤って診断されたり、薬が効かないタイプであるにもかかわらず、長い間投薬されたり、あるいは、薬物療法が必要なケースなのにカウンセラーに延々と囲い込まれるなど、適切な治療を受けることができなくなる恐れもあります。
家を買う時も、専門家である業者に任せずに、買う側もある程度の知識を得るように、患者側もある程度の知識を持ったうえで、専門家である医師やカウンセラーと信頼関係を作りながら一緒に取り組むことがとても大事です。
そのためには、原因について、適切な知識を持ち、専門家に対しても質問をしながら自分がどのタイプのうつ病で、何が原因と考えられるのかを見極めることが必要です。
⇒関連する記事はこちらをご覧ください。
「双極性障害(躁うつ病)の理解と克服のために大切な4つのポイント」
※サイト内のコンテンツのコピー、転載、複製を禁止します。
参考
山下格「精神医学ハンドブック」(日本評論社)
笠原嘉「うつ病臨床のエッセンス」(みすず書房)
宮岡等「うつ病医療の危機」(日本評論社)
野村総一郎「うつ病の真実」(日本評論社)
神庭重信ほか「現代うつ病の臨床」(創元社)
岡田尊司「うつと気分障害」(幻冬舎)
井原裕「うつの8割に薬は無意味」(朝日選書)
井原裕「生活習慣病としてのうつ病」(弘文堂)
井原裕「激励禁忌神話の終焉」(日本評論社)
大野裕「うつを治す」(PHP新書)
野村総一郎「やさしくわかるうつ病の症状と治療」(ナツメ社)
野村総一郎「ウルトラ図解 うつ病」(法研)
廣瀬久益「完全復職率9割の医師が教える うつが治る食べ方、考え方、すごし方」(CCCメディアハウス)
玉村勇喜「うつ病を心理カウンセリングで治す本」(ほおずき書籍)
池谷敏郎「体内の「炎症」をおさえると、病気にならない!」(三笠書房)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
など