愛着の不安定さ(愛着障害)は、うつやパーソナリティ障害、依存症、トラウマなど実はさまざまな問題の原因と考えられています。ただ、具体的にはどのように取り組めばよいのかについて情報を得ることは難しいのが現状です。
本記事では、医師の監修のもと公認心理師が、愛着障害を治療、克服するために必要なことについて、専門知識をもとにそのポイントをまとめてみました。よろしけばご覧ください。
<作成日2019.9.8/更新日2024.5.30>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・ポイント1.「愛着」は回復できると知る
・ポイント2.安心安全な環境を整える
・ポイント3.養育者(母親)との関係に過度にこだわらない
・ポイント4.過去へのとらわれを解消する~「内的ワーキングモデル」を更新する
・ポイント5.トラウマを解消する
→関連する記事はこちら
▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
▶「愛着(アタッチメント)スタイル/愛着障害の種類と特徴~その診断とチェック」
▶「子どもの愛着障害の特徴と治し方~愛着(アタッチメント)を育む4つのポイント」
愛着(アタッチメント)は、幼少期、特に3歳までの間に形成されるもので、大人になってから解決、治すことができるのか、については多くの方が不安に感じるところです。答えを言えば、もちろん可能です。人間の可塑性、レジリエンスは思う以上にしなやかで、適切に取り組むことで多くのケースで改善が見られます。古くからある言葉に「生みの親より育ての親」というものがありました。生みの親との関係が過度に重視されるのも現代社会の特徴です。歴史的に見れば、人間は社会的な関係の中で「親」から得られる機能を獲得してきました。そうした人間のあり方は大人が愛着障害を解決する際のヒントになります。特定の人間関係ばかりではなく広く浅く多様な関わりを持つこと、非愛着的な環境からは距離をおき安心安全感を重視すること、特に身体的な安心安全感を取り戻すための有酸素運動は愛着の回復に役に立ちます。
臨床現場においては、愛着障害はトラウマ(発達性トラウマ)と同じ事象を別の角度から概念です。そのため、トラウマケアも解決にはとても有効です。
ポイント1.「愛着」は回復できると知る
・「愛着」に関する誤解~”取り返しがつかないもの”ではなく回復可能なもの
「愛着」理論の問題点は、それが「第二の遺伝子」として影響を及ぼし続けると誤解されているところです。愛着理論はあくまで仮説にすぎません。逆説的ではありますが、愛着という視点にこだわりすぎないことも大切です。
愛着というのは、自らは生存を確保できない乳幼児が安心安全を特定の養育者に求めることを指し、たくさんある人間というシステムのごく限定された重要な部分を指しているにすぎません。運悪く、愛着が十分に確保できなくても、その後の環境によって十分に挽回されます。
愛着障害というと挽回できないものとして重く捉える方もいらっしゃいますが、それは誤解です。取り組む中で回復していくことが可能です。愛着障害を克服するためには、回復可能である、と知ることも大切です。
ポイント2.安心安全な環境を整える
・ストレスフルな環境から離れる
現在の環境がストレスが高いものであれば、愛着はどうしても不安定なものとなります。愛着とは存在レベルでの信頼や絆のことですから、実績を上げたり、期待にこたえた場合にのみ愛されるという環境は愛着の安定にとってはプラスにはなりません。
不安定型愛着の場合は、ついつい自分に不利な環境に身を置きがちですが、ストレスレベルが高い環境や自分が認めてもらえない環境からは距離を置くことが大切です。より良い環境を選択し、ゆるやかにさまざまな人たちと信頼関係を築いていくことです。
・パートナーや家族とはほどよい距離感で支え合う~周囲のゆるやかな人間関係から絆をはぐくむ
現在自分に関わるパートナーや家族とは、お互いに安全基地となることを意識し、支えあうことが大切です。人間は社会的な動物で、人間の絆というのは、生物学的な親だけではなく、社会における友人、先輩、先生、上司、恋人、配偶者といった人たちによってももたらされます。その際には、「あなたは大丈夫」と心の中で思っていること。自分から見て相手に短所があったとしても「あなたは大丈夫」として相手を受け止めること。私たちが欲しているのは間違いを指摘されることではなく、無防備でもそのまま受け止めてくれる安全な環境です。家族であっても、相手は別の人間であり、それぞれのスタイルがあることを理解し、ほどほどであることが必要です。
・有酸素運動(運動療法)に取り組む
運動療法とは、有酸素運動などを行い、脳や身体の機能を改善、回復させるものです。さまざまな精神障害の改善にも高い効果があることがわかっています。
運動の効果として明らかになっているのは、まず脳内のニューロンの新生が活発になり認知機能が改善することです。ラットの実験では、ニューロンの新生は3、4倍になることがわかっています。次にシナプスの可塑性や伝達効率が上がるなど、脳内伝達物質の循環も活性化されます。また、運動を通じて自分の身体感覚が戻り、自律神経系、免疫系、内分泌系といった身体の機能が回復すると考えられています。
(例えば、うつ病の治療でも、統計上あらゆる療法の中で最も効果が高い方法は運動療法です。副作用もなく、再発もわずかとされます。)
有酸素運動といってもハードな運動は必要ありません。週に2、3日30分程度ウォーキングを行うだけで大丈夫です。日中外に出ることが難しい場合は、夜中に歩く、屋内でのヨガ、ピラティスなども効果的です。最近であればYoutubeなどの動画を見ながら簡単に自分でヨガを行うことができます。
・睡眠、食事をしっかりと取る
睡眠時間を確保する、しっかりとした食事(栄養)を摂ることもとても大切です(投薬やカウンセリング以上に重要です)。睡眠や食事が十分ではない状態ではいくら優れた医師、カウンセラーにかかったとしても良くなりません。睡眠、食事が十分ではない状態ではまさに内的な環境が不安定な状態に置かれるということで、まさに愛着の安定からは遠い状況だということです。愛着障害があると、さらに自分を駄目な状態に置くようなことも生じます(セルフネグレクト)。そんなセルフネグレクトから脱するためにも、意識して睡眠と食事を改善することが必要です。食事はあまり極端な方法を取らず、三食バランスの良い食事を取ることを心がけます。睡眠については、朝食にタンパク質をしっかり取ることで夕方以降の睡眠物質が増加することがわかっています。睡眠薬を活用することも睡眠のメリットを享受するためには検討する必要があります。
睡眠、食事、そして有酸素運動は、決して気休めや道徳的な助言ではありません。非常に高い効果が見込めますので、すべての方に必ず取組んでいただきたいセルフケアの方法の1つです。
ポイント3.養育者(母親など)との関係に過度にこだわらない
愛着障害というのは、幼少期に安心安全な環境を与えられなかった影響を引きずり、さまざまな問題を引き起こしているということを指します。解決のためには、原初的に抱えている不安感を解消することが必要です。
原因を考えるストーリーとして「養育者との関係」という視点は非常に有効ですが、解決する際に養育者との関係に過度にこだわることは問題を長引かせます。
養育者が自責の念に駆られたり、当人が養育者との和解や謝罪を引き出すことにこだわったりしてももちろんそれでうまくいくケースもあるかもしれませんが、逆に失望するケースのほうが多いです。なぜなら、相手は容易には変わらないからです。養育者自身が愛着障害や発達障害という特徴があり、そのために養育が淡泊なものであったケースも少なくありません。
相手を説得して、自身の苦しみを理解してもらおうとすることは難しいことです。それよりも、解決に向かって進んでいくこと。原初的に抱えた愛着不安を癒し、安定型愛着の人たちが反抗期にそうするように、親へのこだわりや与えられた価値観を捨て、自らが自立、成長し、社会のさまざまな人たちとゆるやかにつながっていくことが大切です。
ポイント4.過去へのとらわれを解消する~「内的ワーキングモデル」を更新する
・内的ワーキングモデルとはなにか? ~心の中の”安全基地”
上記にも書きましたが、成人は、愛着を内面化していて、愛着対象がいなくても心の中でシミュレーションすることで安心を得ています。それを「内的ワーキングモデル」といいます。愛着に関する内的ワーキングモデルとは、自分自身が愛されるに足る人物ととらえる自己イメージと、自分は愛着対象から愛される、助けてもらえるという信頼によって成り立っています。心の中の安全基地を「内的ワーキングモデル」といいます。
・過去を客観的に吟味し、意味づけしなおす
東洋英和女学院大学の久保田まり教授はメインらの研究をもとに「成人期以降の愛着の安定性とは、過去や現在の親子関係が情愛に満ちた温かいものであり続け、愛着に関連する外傷的経験がない、ということでは決してなく、肯定的なことも否定的なことも過去の事実として自由に想起でき、葛藤のない感情状態で率直に語ることができ、意味ある自分の歴史として客観的に吟味できること、人生における“愛着”の意義に深い価値をおけること、であるといえる。」(久保田まり「アタッチメントの研究」(川島書店))としています。
・自分の中のわだかまりを解消する
私たちは、タイムマシンに乗って過去に戻れるわけではありません。また、親子の関係の改善も相手あってのことで、セラピーの事例で感動的に語られる親子和解のシチュエーションが常に起きるわけでもありません。期待するような和解を示すことがどうしても難しい親がいることも事実です。それよりも、自分自身の中でわだかまりを解消し、意味づけを行うことが愛着の安定を取り戻す近道であることが分かります。
わだかまりを解消し、自己イメージと自分自身は愛されるという信頼を回復できれば、親との和解や生き直しなど難しいことを行わなくても、愛着の安定を取り戻すことが期待できます。
・不安定な愛着が生み出すさまざまな症状の解消に取り組む
愛着障害によるさまざまな問題(うつ、不安障害、依存症など)については心療内科やカウンセリングルームなどで相談できます。
ポイント5.トラウマを解消する
・トラウマと愛着
愛着とトラウマとは、もともとは同じ事象(不適切な養育、逆境体験)について別々に確立した概念です。トラウマ(外傷体験)が愛着に大きな影響を及ぼしていることは間違いありません。
トラウマは、養育環境などで負ったストレス障害や適切な愛着形成を妨げる理不尽な記憶(≒ハラスメント)やのことを指します。トラウマを負うと脳や自律神経の過活動や過剰適応、過緊張、解離、過覚醒といった問題を起こします。成人の場合、外傷経験の未解決さやとらわれが「内的ワーキングモデル」の更新を阻み、安定型愛着の形成を妨げること考えられます。トラウマは、虐待など明らかに大きな出来事ではなくても生じるとされます。(岡野憲一郎教授は、“関係性のストレス”と呼んでいます。)
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▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
・トラウマが「内的ワーキングモデル」の更新を阻んでいる
「内的ワーキングモデル」は、その場の環境や経験によって時間とともに常に更新されています。しかし、トラウマが邪魔することにより、適切な更新が阻まれてしまいます。不安定型愛着とは、養育環境の悪さや外傷そのものではなく、柔軟な“学習”(「内的ワーキングモデル」の更新)が阻まれることに核心があるといえます。
・トラウマの解消に取り組む
トラウマは処理されない過去の記憶のことです。大人になっても、過去のことが頭を離れない状態では、アップデートが行われなくなってしまいます。わだかまりを解消するために大切なのは過去に負ったトラウマの解消です。トラウマの解消にはトラウマケアの専門家の下で取り組む必要があります。
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▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
▶「愛着(アタッチメント)スタイル/愛着障害の種類と特徴~その診断とチェック」
▶「子どもの愛着障害の特徴と治し方~愛着(アタッチメント)を育む4つのポイント」
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参考
庄司順一、奥山眞紀子、久保田まり「アタッチメント」(明石書房)
久保田まり「アタッチメントの研究」(川島書店)
数井みゆき、遠藤利彦「アタッチメント~生涯にわたる絆」(ミネルヴァ書房)
数井みゆき、遠藤利彦「アタッチメントと臨床領域」(ミネルヴァ書房)
岡田尊司「愛着崩壊」(角川選書)
岡田尊司「愛着障害」(光文社)
岡田尊司「愛着障害の克服」(光文社)
滝川一廣、小林隆児、杉山登志郎、青木省三「そだちの科学 愛着ときずな」
「子育て支援と心理臨床 vol.9 2014 9月 愛着理論と心理臨床」
高橋惠子「人間関係の心理学 愛情ネットワークの生涯発達」(東京大学出版会)