医師の監修のもと公認心理師が、日本人に多いとされる視線恐怖症について、その原因と治し方についてわかりやすくまとめてみました。
<作成日2017.12.4/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・視線恐怖症とは何か?
・私たちにとって、「視線」とは何か?~日本人に多い視線恐怖
・視線恐怖症の背景とメカニズム
・視線恐怖症を克服する方法
視線恐怖症とは何か?
自己や他者の視線について過度に意識したり、恐れを感じたりする症状の総称です。
対人恐怖症(社交不安障害)の一種と考えられます。
(参考)
→「対人恐怖症、社交不安障害とは何か?真の原因、克服、症状とチェック」
例えば電車の中で、迎え合わせの人の視線が気になる。街中ですれ違う人の視線が気になる。仕事での会議や面談の際に、自分の視線が相手に不快感を与えていないか気になって正視することができない。世間の目が気になって外出することが難しい、という方も少なくありません。「視線」に代表される他者の関心や評価を過剰に気にする症状です。
視線恐怖の種類
大きく分けると下記の4種類あります。
・他者の視線が気になる(他者視線恐怖)
自分に向けられる他者の視線が気になるというものです。
症状が強い場合は、外出することができなくなることもあります。
・他者と視線を合わせることができない(正視恐怖)
他者と視線を合わせることができなくなる症状です。
・自己の視線が気になる(自己視線恐怖)
自己の視線が相手に不快感を与えていると考える症状です。
・脇見恐怖(横目恐怖)
視界の端に入ってくる人を異常に意識してしまう、あるいは他者の視界に入ってしまうことを避けようとする症状です。視界に入った他人を見ることでその方に不快な思いをさせたのではないかと申し訳なさを感じてしまうことがあります。
私たちにとって、「視線」とは何か?~日本人に多い視線恐怖
視線恐怖症は、対人恐怖の一種で、特に日本に多い「文化依存性症候群(文化結合症候群)」であるとされます。
では、私たち(特に日本人)にとって「視線」とは何でしょうか?
海外旅行をした際に顕著に感じますが、外国では日本ほど他者の行動に細かく関心を払うことはありません。
向こうからも視線を感じることも少なく、日本に住んでいるときとの違いに驚くことがあります。
日本は「世間」という言い方があるように、家の外も狭い共同体の延長であるととらえられていて、「人に迷惑をかけてはいけない」「世間の常識から見て自分はおかしいのではないか?」ということ、「同じであること」を強いる同調圧力を感じる程度が海外よりも強い傾向があります。
こうしたことから、視線恐怖の視線とは、必ずしも物理的に見られた、見られていないに限定されるものではありません。
大きく言えば、他者や自己の“関心”や、「こうあるべき」という“規範”と呼べるものです。その関心を代表して表すものとして、「まなざし(視線)」があるととらえられます。
のちにも述べますが、ひきこもりが長引いたりしたことで、親や世間の目が気になり、外に出られない、ということも、広義の視線恐怖と呼べます。
(参考)
→「ひきこもり、不登校の本当の原因と脱出のために重要なポイント」
視線恐怖症の背景とメカニズム
・養育環境や生育歴など環境的な背景
・愛着の影響
視線恐怖のメカニズムには、生まれてきた環境の影響と考えられます。社会へのかかわり方、対人関係の土台となるものが“愛着”です。愛着とは、「安全基地」とも呼ばれるもので、生後半年~1歳半ごろに養育者との関係の中で形成されるとされます。
例えば社会とのかかわりの中で傷ついたとしても戻る場所がある、自分を支持してくれる人がいる、将来が安全だと予測が可能である、という感覚は人間にとって大いなる助けとなります。しかし、養育者のかかわり方が不安定であった、過保護であった、といったことが重なると、戻る場所がなく、支持してくれる人もいない、将来は安全とは思えない、という意識が強くなります。逆に、過保護も正しい感覚を育てることを妨げてしまいます。
そうすると、危機への対処をしなければならないとして通常であれば反応しないようなことにまでそなえて、敏感に反応します。それが視線への敏感さといったことに表れると考えられます。
(参考)
→「「愛着障害」とは何か?その特徴と悩み、メカニズム」
・トラウマの影響
もう一つは、トラウマ(長期にわたるストレス)の存在です。
私たちは、日常で経験するようなストレスは、自ら処理します。一人で処理できないものは、理解してくれる人、共感してくれる身近な存在を通じて処理されていきます。しかし、そうした環境になく過度のストレスを負い続けると、ストレスが処理されずに残り続けます。それがトラウマと呼ばれるものです。脳内では、特に側頭葉が過活動を起こして感覚がマヒしたり過敏になったり、緊張し続けるようになります。
(参考)
→「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
・発達や身体的な失調など身体的な背景
発達の凸凹や身体的な不調も原因になることがあります。
発達障害が疑われる場合、常に不安を抱えており、社会の刺激について適切な見積もりができないために、被害意識(関係念慮、関係妄想)が強くなるなど、視線恐怖とも感じられるような症状が出ることがあります。視線恐怖症の背景に発達障害があることは珍しくありません。
(参考)
→「大人の発達障害の本当の原因と特徴~さまざまな悩みの背景となるもの」
見逃されやすいのですが、甲状腺などの失調の場合も、同様に過度な不安が生じることがあります。
(参考)
→「境界例、難治性うつ病、人格障害などの意外な原因~甲状腺、副腎疲労など」
・ノイズをキャンセリングできない状態~環境と身体との相関
身体の失調と環境の影響とは相関します。つまり、環境からのストレスで、身体の失調のスイッチが入ることもあれば、身体の失調のために、ストレスを受け流せずに影響を受けてしまう、ということもあります。
発達障害についても、自閉症のような重度のものを除いて、軽度の場合は、愛着障害や発達性トラウマ症候群というような、環境からのストレスによって発達障害と同様の症状が生じることが分かっています。
身体が先か環境が先か、どちらがどうかは正確にはわかりません。
ただ、一つ言えることは、視線恐怖症では、本来は受け流したり、無視したりするような、外部からのノイズ(視線)をキャンセルできない状態になっているということが言えます。
・相手の表情を正しく読み取れない~表情認知のゆがみや関係念慮
表情認知をつかさどる脳機能の低下や過活動が影響して、相手の表情を正しく読み取ることができないことも、「視線恐怖」に影響することがあります。「目は口程に物を言う」とはいいますが、相手は何も思っていなくても、ただ黙ってみているだけで、「相手は私を嫌っている」というふうに誤って解釈してしまいます。表情認知のゆがみや関係念慮も「視線恐怖」の背景に存在すると考えられます。
視線恐怖症を克服する方法
・薬物療法
薬物療法は症状が強い場合に用いられます。あくまで補助的な手段で、解決するためには精神(心理)療法やライフスタイルのパターンを変えることが大切です。
・SSRI
抗うつ剤として登場した薬です。神経伝達物質であるセロトニンが減少している場合に効果があります。
・抗不安薬
抗不安薬とは、神経伝達物質であるGABAの働きを強めることで神経の興奮をおさえるものです。SSRIと違い依存性や耐性が生じるため、長期間の服用は避けることが必要とされます。
(参考)
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)日経メディカル
ベンゾジアゼピン系抗不安薬 日経メディカル
セロトニン作動性抗不安薬 日経メディカル
・心理療法
・認知行動療法
認知、考え方を客観的にとらえて、修正を行うものです。
自分や他人の「視線」の持つ意味や解釈を修正することで、視線恐怖を和らげることができます。
例えば、「相手は自分のことを変だと思っている。だから見ている」という考えがあれば、そのことに対してそれが現実的な考えなのか、をカウンセラーとともに吟味して、修正を図っていきます。
・エクスポージャー(暴露)
エクスポージャーとは人間の身体の恒常性維持機能を利用する方法です。
恐怖を回避せずに、直面することで、徐々に恐怖に慣れ、脳のセンサーを適切な状態へと修正していくものです。
・森田療法
対人恐怖症や視線恐怖恐怖症については、日本では森田療法が用いられてきました。
・トラウマケア
背景に、愛着障害やトラウマが疑われることも多く、その場合はトラウマケア(ソマティック・エクスペリエンシング・アプローチ、ハコミセラピー、トラウマ解放エクササイズ、ブレインジム、TFT、フラワーエッセンス、ストレス応答系へのアプローチ、FAP療法、など)が非常に有効です。
⇒関連する記事はこちら
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
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(参考)
笠原敏彦「対人恐怖と社会不安障害」(金剛出版)
貝谷久宣「社会不安障害のすべてがわかる本」(講談社)
水島広子「正しく知る不安障害」(技術評論社)
クレア・ウィークス「不安のメカニズム」(筑摩書房)
クリフトフ・アンドレ、パトリック・レジュロン「他人がこわい」(紀伊國屋書店)
大野裕「不安症を治す」(幻冬舎)
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
など