あまり知られていませんが、実はトラウマというのは、さまざまな問題を引き起こします。特に人間関係においては影響が大きく、自分の性格のせいかな、と思っていたことの多くはトラウマに起因します。医師の監修のもと公認心理師が、トラウマがどのよう人間関係の悩みを生み出すのか、についてまとめてみました。
これまでいろいろな本を読んだけども、カウンセリングを受けてみたけど変わらなかった、という方は特に参考になるかもしれません。
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<作成日2016.9.10/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・人間関係での悩み
・人間関係は、トラウマの影響が最も強く表れる
・トラウマとは何か?
・トラウマが人間関係に及ぼす20の影響
1.常に“危機”にさらされている
2.過剰な緊張と周囲とのペースを合わせることができない
3.見捨てられ不安とその結果の過剰適応も背景にある
4.強い対人不安、対人恐怖
5.気を遣いすぎてヘトヘト~でも、気を遣えない人だと正反対の評価を受けてしまう
6.自分に基準がないために、他者の評価=自分自身となる
7.断ることができない
8.トラウマによって時間が止まり、未熟な状態に留め置かれてしまう
9.未熟なままに留め置かれた自分や他者のイメージ
(下)につづく
[(下)もくじ]
・トラウマが人間関係に及ぼす20の影響(つづき)
10.”力関係”や感情で成り立つ、人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。負けてしまう
11.過剰な客観性
12.嫌な人になぜかこだわってしまう。嫌な言動の記憶やシミュレーションで頭がグルグル回る
13.他者に対して厳しい
14.他者への横柄な態度と極端なへりくだり
15.退行してふてくされてしまうことも
16.感情的な人への軽蔑
17.強い恥や罪悪感、自責の念
18.虚無感、無価値観、ニヒリズム
19.周囲との距離感やペースが合わない
20.解離して本来の自分自身じゃなくなってしまう
・人間関係の問題を克服する方法
人間関係での悩み
人とうまく付き合えない、という悩みを持つ方は本当に多いと思います。例えば、以下のようなことはないでしょうか?
・話がかみ合わない。空気がうまく読めない
周囲の友だち、職場の人と話をしたいけど、なぜか話がかみ合わない。自分だけが浮いているような気がしてしまう。実際に、空気がうまく読めずにずれた発言をしてしまうこともしばしばある。
・うまく話ができない
話がまとまらない。うまく話ができない。頭で考えて準備しても、いざ話そうとするとめちゃくちゃになってしまう。
・人と一緒にいたいのに、しんどいから一緒にいたくない
人と一緒にいたい気持ちはあるけど、でも気疲れしてしまうので、できる限り一緒にいたくない。一人のほうがいい。でも寂しい。
・緊張しちゃう
いつもなぜか過剰に緊張してしまい、落ち着いて行動ができない。いつも慌てて動いてしまって、挙動不審に思われることもある。
・自分らしくいられない
人といると、自分らしくいることができない。うわついて、元気な人を演じたり、そうかと思うと黙り込んでしゃべれなくなったり。
・横柄になったり、卑屈になったりしてしまう
自分でも変だと思うが、なぜか人に対して横柄になったり、逆に卑屈になり、ぺこぺこしてしまったり、極端な態度になってしまう。浮ついた感じや、あるいは、自分の腰が砕けたように相手と対等で自然な関係を作ることができない。
・自分の意見を言うことができない。自分の意見が何かもわからない
どこに行く、何を食べる、といったささいなことも自分では決められない。すべて相手に合わせる。自分の意見を聞かれると頭が真っ白になる。友達からは、「自分の意見を言ってよ」と責められたことがある。
・自分を出すことができない
自分のことを話せない。自分のことを話すと、誤解されるのではないかという強い恐れを感じてしまう。事実、過去には非難されたこともある。だから余計に、自分は隠さないといけないと思う。嫌われないように演じて、頑張ってしまう。
・感情的になってしまって、人間関係を壊してしまう
家族や彼氏、彼女、友人あるいは職場の同僚や上司、部下に対していつも感情的になってしまい、相手を責めたり、追い込んだりして人間関係を壊してしまう。
・好きになった相手も、急に醒めてしまう
付き合った相手や職場の人についても、急に醒めてしまったり、欠点ばかりが見えるようになって、悪く評価してしまう。
・相手からなめられやすい。バカにされやすい
いつも自分だけが相手から低く見られる。仕事でもプライベートでも。仲の良い友達ができたと思ったら、次第に相手が自分をバカにするようになったことがある。
・自分の状況をなかなか理解をしてもらえない
自分の悩みがあっても、それを言葉にすることが難しいし、理解してもらえない。言葉にして相談したら、自分の性格のせいやコミュニケーション力のせいにされてしまう。
・”自分”というロボットに乗って操縦しているような感覚
自分が人からどのように見えているのかが自分でよくわからない。自分が他人と直接コミュニケーションを取れている感覚がない。自分では良かれと思った言動で相手を怒らせたり、バカにされたりといったことが繰り返されるために、自分で自分の行動を適切にコントロールできているような感覚がない。あたかも外が見えないコックピットで自分というロボットを操作しているような感覚がある。
など
ここで例としてご紹介したような人間関係の悩みは、決してあなたの人格がおかしいわけでも、コミュニケーション力がないからでもありません。あなたの責任ではありません。実は、その背景には問題が引き起こされるメカニズムがあります。
人間関係は、トラウマの影響が最も強く表れる
あまり知られていませんが、人間関係という領域は、トラウマが如実に表れるのです。
人間関係で自分を発揮できない、という悩みを聞けば、真っ先にトラウマの影響が疑われます。
ただ、トラウマというのは、専門とするカウンセラーや医師も非常に少なく、苦手とされる領域です。そのため、人間関係のさまざまな悩みがトラウマからくるものであるとは誰も説明してはくれません。
また、世の中はコミュニケーション力を過大視し、うまくいかない場合は個人の人格に原因を求める風潮もあり、実態を知ることをさらに妨げてしまっています。
今回の記事では、トラウマがどのように私たちに影響して、対人関係で自分らしくいられなくしてしまうのか、についてまとめてみました。よろしければ、ご覧ください。
トラウマとは何か?
トラウマとは何か?それは、簡単に言えば、記憶の失調ということです。
過去に自分に降りかかってきた理不尽な出来事の記憶が処理されずに残ることで、さまざまな症状を生じさせます。
記憶が処理されないということは常に危機がそこにあるということです。そのため絶えず緊張を強いられ、目の前の対人関係に集中することができなくなります。その結果、対人関係がうまくいかなくなってしまうのです。
トラウマというのは本人も覚えていないことも多く、自分がトラウマを持っていると自覚できている人は少ないです。そのため、もし自分にここで書いたような症状が見られるようでしたら、一度トラウマを疑ってみることが大切です。
→トラウマについてくわしくはこちらをご覧ください。
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
トラウマが人間関係に及ぼす20の影響
具体的にどのように影響しているのかを確認していきます。トラウマを負っていても、以下のすべてが当てはまるわけではありません。ケースによって濃淡があります。
1.常に“危機”にさらされている
・再体験、フラッシュバック
トラウマの特徴の一つは、再体験ということです。理不尽な出来事の記憶が繰り返しループするように浮かんできます。まさに今そこにあるように、ありありと感じられるのです。そのために、穏やかな日常の中にあっても、本人にとっては常に“危機”と隣り合わせの状態で過ごしています。
他人も自分を脅かす存在として感じられ、自信をもって自然に接することを妨げられてしまいます。
フラッシュバックと呼ばれるように、過去の嫌な出来事の映像が浮かんだり、言葉が思い出されたり、ということがあります。
よくあるのは、自分を否定する「声」が聞こえるというものです。
「おまえはダメだ」「人を不幸にする」といったように、自分を否定する親の声が絶えず聞こえており、安心して人と接することができません。
・基本的信頼感の欠如
また、両親の夫婦仲が悪くケンカが絶えない環境で育った場合は、常に暴力、暴言のイメージが人間関係の下地としてあり、安心して人と接するということができません(基本的信頼感の欠如)。
特に、感情的な人に接することはとても苦手です。うまく対処できません。恐怖が浮かんできたり、頭が真っ白になってしまいます。職場などでも感情的な人や、話し方などがきつい人にはへりくだってしまったり、解離してしまってうまく対応できず、その態度を見て相手がさらに怒り出してしまう、ということが生じます。
・逆再体験による問題行動
さらに、逆再体験(逆再上演)といいますが、自ら周囲に対して同じ理不尽な行為をすることもあります。
2.過剰な緊張と周囲とのペースを合わせることができない
・過覚醒
過覚醒(覚醒こう進)といいますが、危機と隣り合わせにあるために、常に気が張っているような状態になります。過剰に緊張したり、興奮したり、ということが起きます。本人の中では過去の危機への反応として生じているのですが、周囲の人は平和な日常で接しているために、相手とペースが合いません。そのために、空気が読めない、会話がかみ合わない、ということが生じるのです。
挙動不審になって、「不思議ちゃん」「天然」と呼ばれることもあります。内心では「私はそんな人間ではない」と戸惑ったり、はらわたが煮えくり返っていたりします。
・テンションがコントロールできない
また、テンションのコントロールする機能が低下していますから、まわりが落ち着いているときにテンションが上がったり、盛り上がる時に気持ちが下がったり、ということも生じます。
普通の会話で緊張し、飲み会など盛り上がる場面では気持ちが沈んでしまったり、ということが起きます。
(脳が常に緊張状態にあるため疲労が起こりやすく、いざというときにはすでに脳が疲れており適切な反応ができない場合があります。)
3.見捨てられ不安とその結果の過剰適応も背景にある
過覚醒だけではなく、人から見捨てられたり、嫌われたりすることを過度に恐れる見捨てられ不安も背景にあります。
見捨てられることを過度に恐れるために、対人関係で常に緊張してしまうのです。また、見捨てられたくないがために、自分をおさえて過剰に相手に合わせすぎてしまう過剰適応も生じます。
その恐れは死の恐怖に匹敵するような強い感情であることもあります。そのため、頭ではわかっていてもどうしようもないくらい相手に合わせてしまいます。子どものころから過剰適応に慣れている場合は、本当の自分の考えが何かもよくわからない、本音で人と付き合ったことが全くないことも珍しくありません。
4.強い対人不安、対人恐怖
自分はいつも人から嫌われやすい、最初は良くても結局嫌われて関係が破たんしてしまう、という恐れを抱いています。自分で状況をコントロールできない感覚を持っています。
状況をコントロールできないので、他人がちょっと機嫌が悪くなると気が気ではなくなってしまいます。特に、気が強そうな人や、いつも不機嫌な表情の人や、ぶっきらぼうなタイプだと冷静にコミュニケーションをとることができません。
5.気を遣いすぎてヘトヘト~でも、気を遣えない人だと正反対の評価を受けてしまう
外面はトラウマによって解離して能面のようになっていますが、内面では、気を遣いすぎてもうヘトヘトです。気を遣いすぎるくらい、気を遣っていますが、気疲れしすぎて、いざとなると動けなくなってしまいます。
そうすると、気を遣えない人、動けない人として狙われて、悪く評価されてしまいます。「なんで?こんなに気を遣っているのに悪く言われるの?!」と戸惑いと無理解な周囲への怒りが沸き起こります。
6.自分に基準がないために、他者の評価=自分自身となる
トラウマの特徴として、物事の基準が自分ではなく、自分の外側に置かれてしまう、ということがあります。
特に理不尽な目にあわされ続けた場合、外側の基準が正しくて自分は間違っているというように感じさせられてしまいます。他者の評価がすなわち自分自身となります。
そのため、他人の評価に過剰に舞い上がってしまい、逆にネガティブな評価に必要以上に落ち込んでしまいます。
また、親が支配的であった場合などで顕著ですが、自分の外側の基準が絶対に正しいと感じられるために常識やルールを強迫的に守ろうとしたり、他人に押し付けたりするようにもなります。常識を守る自分はカルトの信者さながら神の代理人のような意識で、守れない他者をこき下ろしてしまいます。状況に合わせて柔軟に対応したりすることができず、他人それぞれにもペースや常識があることが見えなくなり、相手に強制するようになることもあります。
7.断ることができない
見捨てられる不安や、自分に確固たる判断基準が奪われているために、相手からの誘いや要望を断ることができません。断ったら何か良くないことが起きるのではないか?可能性が閉ざされてしまうのではないか?として断れないのです。
八方美人のようにすべての誘いを受けてしまいます。その結果として、相手との関係が逆に悪くなることもあります。すべてにYesといっていますが、何一つ本心からくるものではない感じがしています。どこか自分の判断に自信がありません。
8.トラウマによって時間が止まり、未熟な状態に留め置かれてしまう
トラウマを受けた人の特徴は、「年齢よりも幼く見える」ということです。本人の意識も実際の年齢よりも若く自分を捉えており、一方、他人は自分よりもずっと年をとって見えます。
これは、トラウマによって、その当時の記憶がループしているために、その人の中では時間が止まってしまっているために起こります。3歳の時のトラウマなら、3歳の時で、5歳の時のトラウマなら5歳の時で止まっていると考えられます。
9.未熟なままに留め置かれた自分や他者のイメージ
成長する過程では、健全な自己愛が徐々に発達していきます。自己愛とは自分自身を肯定的に愛する能力のことで、自分自身に対するイメージや自尊心を形成するもとになります。健全な自己愛が育っていない場合には人とのコミュニケーションに支障をきたす場合もあります。健全な自己愛が適切なサイズへと育つためには、親との間で形成される愛着を土台として発達課題をクリアして行く必要があります。
・未熟なままの自分や他者のイメージ
通常は、幼い頃は万能感を持ち、親は理想化されていますが、失敗や周囲と関わる中で適切なサイズへと収まり、適度な自信と周囲への信頼を獲得していきます。トラウマが時間を止めてしまう結果として、自己愛の発達が適切になされずに自分や他者のイメージが未熟で歪んだままでとどまってしまいます。
例えば、自分は何でもできるという万能感と自信のなさとが同居してしまう。他人を理想的な人間と思って持ち上げたり、自分の中で基準に満たないと感じたら半端な人間として徹底的にこき下ろしてしまう。その人の人格全体を評価することができない(スプリッティング)。
・「自己愛性人格障害」という状態
他人が同じ人間という認識がいまいち持てず、相手の気持ちの機微をうまく感じ取ることができない、といったことが代表的な症状です。「自己愛性人格障害」といわれるような状態に陥ってしまいます。
・自己愛の肥大化
この自分や他者のイメージが未熟なままで留め置かれてしまう人は、世の中では想像以上に多く存在します。私たちの周りでも出会います。例えば、仕事ができないということで過剰に相手を見下したり、こき下ろしたりする人はよくいますが、自己愛が肥大化していることが分かります。
・更新されない関係性
また、過去の関係性をそのまま社会に出ても持ち込んでしまう場合もあります。例えば教師-生徒の関係。会社の上司は教師ではありませんが、同じようにとらえてしまいます。
単に上司は理不尽なことを正当化しているだけであるにもかかわらず、「上司は常に自分のためを思ってくれている」として、真に受けてしまうケースです。ブラックな会社でパワハラを受けてもボロボロになるまで我慢してしまう、というようなことが起きるのです。
・トラウマの影響であり、本人が未熟なのではない
トラウマによる場合は、本人が未熟というよりも、トラウマの影響で解離して未熟な状態にさせられている、というほうが適切です。本来の人格は二重帳簿のように、裏ではしっかりと大人の部分が発達していて自分や他人のこともちゃんと理解していたりします。
(下)につづく:罪悪感、虚無感、悩みを解決する方法、など
→トラウマについてくわしくはこちらをご覧ください。
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
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(参考)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
大嶋信頼「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」(青山ライフ出版)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など