前回のセッションで、自分の気持ちを受け止めていただき、そこから気持ちがグッと下がることがなくなり比較的落ち着いて過ごせています。
また、嫌なことがあっても以前のようにそこに怒りなどの感情は伴っていないように思います。
そして、これは関係があるのかはわかりませんが、物事を先延ばしにしたり用事には遅刻してしまうことが日常だったのですが、やらなければいけないことを先にできるようになっていたり、自然と遅刻もしないようになってるなと思います。
[怒り、イライラフラッシュバック性被害家族の機能不全PTSD]
前回のセッションで、自分の気持ちを受け止めていただき、そこから気持ちがグッと下がることがなくなり比較的落ち着いて過ごせています。
また、嫌なことがあっても以前のようにそこに怒りなどの感情は伴っていないように思います。
そして、これは関係があるのかはわかりませんが、物事を先延ばしにしたり用事には遅刻してしまうことが日常だったのですが、やらなければいけないことを先にできるようになっていたり、自然と遅刻もしないようになってるなと思います。
前回のセッションからの一日あたりの発生回数はほぼ横ばいですが、フラッシュバックが起こった際のその私自身に対する衝撃度、インパクト度合が薄れてきたように感じます。次回のセッションもフラッシュバックで対応していただければ、より軽くなるのではと思います。
・怒り 前回怒りについて対応していただいたのですが、それが減少したように感じます。残り3分の2から半分ぐらいに減ったでしょうか。また汚い言葉や独り言を思わず言ってしまうことがあるのですが、それもかなり減ったように感じます。これはうれしい副産物でした。そのせいか日常が少し穏やかなってきたように感じます。ありがとうございます。このままコツコツとカウンセリングを続けていけばよいのだと思います。
・汚い言葉を言ったり、毒を言ったり突然怒りがわいてくる現象についてはだいぶ収まりました。気持ちの面では安定し始めているように感じます。
本当にそうだなぁ、と思いました。 【神奈川県 40代 女性】
あとひとつ、気づいたことがありました。
「ほっとく」じゃなくて、「見守る」という視点で…というお話があったと思いますが、本当にそうだなぁ、と思いました。私は家族に対して「この人達って問題があるのに見ようとしない」「いつもほっとく」っていう思いがあったことに、気づきました。それで、責任を問いたい気持ちになっている(「誰かが介入しなきゃいけない」「手遅れになったらどうするの」という気持ちにも)ことに気づきました。
またひとつ思ったことは、三木さんのブログで「過責任」という言葉を見ましたが、これは自分には当てはまらないな?と思ってましたが、「家を守ろうとした」というのは、過責任だったのかもしれませんね。でも誰もそれには気づいてくれず(当たり前…)誰にも認めてもらえないと思っていたのかもしれません。
私は「認めてもらいたい」という気持ちをずっと持って来たことに気づきました。それは「私の苦しみを認めてほしい」という思いです。動揺する自分が許せない、傷つく自分が嫌、強くありたいと必死に統制を取っていて、「苦しみを認めて欲しい」という自分の存在を、認めることが出来なかったのですね。苦しむなんて、この私がそんなわけない、みたいな思いがずっとあって、今まではっきり分かっていなかったです。