前回につづき、医師の監修のもと公認心理師が、解離性障害についてまとめてみました。
<作成日2016.3.10/最終更新日2023.2.6>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
3.解離性障害の原因
4.誤診されやすい病気
5.解離性障害を治療するために大切な8つのこと
(上)にもどる
3.解離性障害の原因
解離の詳細についてはまだまだわからないことも多く、研究の途上です。
現在までにわかっていることを簡単に整理してみました。
1.脳機能の障害ではなく心の傷が原因
現在わかっている範囲では、解離性障害は脳の障害ではなく、心因性、反応性の症状だと言われています。もともとは、精神疾患ではなく神経症とされていました。ストレスや外傷などの危機的な状況に対する生体の防衛反応と考えられています。
特にストレスや外傷そのものだけではなく、その苦しみを人に訴えることができない状況、理解してもらえない状況に置かれてしまうこと、「自己表現の抑制」と呼ばれる状況が解離性障害のトリガーとなることが考えられています。(解離性障害の前身であるヒステリーも「1対1の対関係の病」とされる)
空想傾向が強いといった傾向のある人が外傷体験を経て、苦しみを伝え共感される環境がなく、耐え難い苦しみや葛藤から自分を守るためにそれらを切り離そうとして生じている症状です。
まとめると
解離性障害の発症 = 外傷経験 + 本人の傾向 + 外傷を癒やす環境の欠如
と考えられています。
その構造から、愛着障害などとも密接に関連すると考えられます。
(参考)神経ネットワークモデル
解離という現象についての神経学的なモデルとして有力とされているのは「神経ネットワークモデル」です。神経ネットワークモデルとは、人間の脳を巨大で複雑なネットワークの活動と捉え、複数の個別モジュールが活動を営んでいるとするものです。解離とは個別モジュール間の連絡の障害や統合が損なわれている状態とされます。個別モジュールが自走して人格構造を持つまでに成長すると多重人格が生じると考えられます。
(参考)理不尽な出来事があると心を飛ばす
解離のある人には、親から怒られたりした際に心を飛ばしてやり過ごす経験のある方がいます。心を飛ばすことで、理不尽なことから逃れようとしているのです。
2.さまざまな外傷体験と環境要因
本記事内での「外傷」とは、身体的な傷ではなく心的外傷のことです。
解離性障害の患者の多くは家庭に問題を抱えています。客観的に見て明らかに問題を抱えている家庭もあれば、傍からは問題がなくても本人は強く傷を負うような関係が影響している場合もあります。
⇒関連する記事はこちらをご覧ください。
<家庭内外傷>
・虐待
解離性障害の約3割で見られるとされます。
・性的外傷体験
解離性同一性障害を引き起こしやすい。米国で多く日本では比較的少ない傾向にあるとされる。
特に、性的な体験では、「他の人に言ってはいけない」というダブルバインドを受けることが多く、
そのことが深刻な解離症状につながると考えられています。
・親の不仲、離婚
家庭内外傷の6割に見られる。半分の親が離婚。不仲が安心できる環境を奪い対人での緊張や攻撃を生む。自傷や自殺の原因となりやすい。
・居場所がない
<家庭外外傷>
・いじめ
家庭外外傷の6割に見られる。解離のある人の半数以上で持続的ないじめ経験がある。
・性的外傷体験
外傷全体の3割に見られ、そのうち近親以外(家庭外)からのものは7割に見られる。
・交通事故などのPTSD
交通事故によって解離性障害になるケースは意外と多いとされます。
<その他>
・「関係性のストレス」
外傷経験は、明らかな虐待や客観的に見て大きな出来事ではなくても、本人の不安を著しく高めるような場合は、解離性障害を引き起こすことが考えられます。外傷経験が解離性障害、愛着障害などさまざまな障害を生むことはわかっています。しかし、明らかな出来事が見られないことも多く、過誤記憶や医原病といった批判もなされてきました。最近では、客観的には見極められないものの、親子の関係性の中で生まれるストレスが解離性障害の原因となりうると考えられています。そのことを「関係性のストレス」と呼びます。
例えば、母親の過干渉などは「関係性のストレス」の要因となりえます。一見すると順調に見える親子関係でもそこに外傷が生じることは十分にありえます(母親に甘えようとした時に拒絶された、自分を否定されることを言われた、など)。
(参考)陽性外傷と陰性外傷
岡野憲一郎教授による陽性外傷、陰性外傷という分類もあります。
<陽性外傷>とは、虐待や事故など過剰な刺激にさらされること
<陰性外傷>とは、本来与えられるべき養育の欠如など、刺激の過小さによるもの
(参考)愛着と解離性障害
人間にとって親など親しい人との安定した関係(愛着)は安全基地となり社会生活の土台です。幼いころに愛着は形成されますが、不安定な親などに育てられた場合は土台が不安定(愛着障害)となります。愛着の対象となるはずの親から虐待を受けることを愛着外傷といいます。
3.本人の傾向
幼い頃からおとなしく、優しく、自己主張も控えめで、夢見がちで、空想傾向が強く、幽霊を見たり妖精を見たりという不思議な体験をする人が多い。人の影響を受けやすい被暗示性や対人の敏感性も見られます。
解離性障害にかかった人は、スキゾイド的であるとされます。スキゾイドとは「社会的に孤立していて対人接触を好まず、感情の表出が乏しく、何事にも興味関心がないように見える」という傾向です。
また、解離性障害の患者は周囲からは、どこか魅力的で守ってあげたいと感じるような風情があるとも言われています。
圧倒的に女性に多く見られます(9対1の割合)。男性の方がストレスに遭った際により行動に移して解消する傾向があるためではないか、とも考えられています。
4.誤診されやすい病気
個々の病気ごとに鑑別のポイントはありますが、疑うべき一番のポイントは、解離性障害の人は意識がぼんやりとして現実感を欠いているということです。話し方や態度を通じてそうした様子がうかがえないかを捉えていきます。自分のつらい経験でも他人事のように語ったり、面接中でも集中力を欠いていて、自分の話したことも覚えていない、といった要素がある場合は解離性障害が疑われます。
1.統合失調症との違い
統合失調症と解離性障害とはとても良く似ていて、鑑別が難しい症状とされます。解離性障害の半数が正確な診断が下るまでに統合失調症の誤診を経ているともいわれています。
シュナイダーの一級症状については解離性障害のほうがむしろ当てはまる症状が多いことが指摘されています。統合失調症という概念が成立した際に、現在であれば解離性障害とされるケースも含めて成立したことなどが背景にあると考えれています。
解離性障害でも、妄想や幻覚、自分以外のものから影響を受けている感覚があります。統合失調症の場合はそれらを現実のものと確信していますが、解離性障害は「そんな気がする」という程度で現実ではないと理解しています。
また、解離性の幻聴は自分が考えていることや感じていることが声となって聞こえてくる事が多く、誰の声かが特定できることが多い。自分の感覚とも連続性があります。自分の内側からか外側から聞こえてくるのかについても自分で区別することができますが、統合失調症の場合は内と外の区別が曖昧です。
音楽性幻聴では、統合失調の場合は外から聞こえてくる感じがするのに対して、解離性障害の場合は頭のなかで聞こえることが多いとされます。人影が見えたりするなどの幻視ですが、統合失調症ではあまりなく、解離性障害で顕著に見られる症状です。
解離性障害では、統合失調症に見られる関係念慮、思考伝播、思考化声、妄想知覚は見られないとされます。また、統合失調症では健忘は通常見られません。
解離性障害の場合は解離の頻度がより高く持続的です。
統合失調症の幻覚は発症してから感じられることが多いのですが、解離性障害では子供の頃から感じられていることが多い。
2.うつ病
解離性障害では、抑うつ状態に陥ったり、転換症状など身体にもさまざまな症状が出ます。
うつ病は脳がくたびれて全身の機能も落ちるようになりますが、解離性障害の抑うつの場合は心因性の抑うつ状態であり、本来のうつ病とは異なるものです。身体の症状もさまざまです。うつ病では記憶が保たれますが、解離性障害では記憶が途切れがちです。
自殺が起きる場合、解離性障害では幻聴にそそのかされることが多いとされます。
⇒「うつ病を本当に克服にするために知っておくべき16のこと」
⇒「うつ病の真実~原因、症状を正しく理解するための10のこと」
3.境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害と解離性障害とは、アイデンティティの障害、不安定な情動コントロール、自己破壊的行動、衝動統御の障害、対人関係の障害といった共通点があります。しかし、その背景はかなり異なります。
境界性パーソナリティ障害は、自分への自信のなさや強い見捨てられ不安が根底にあり揺れ動いていますが、解離性障害の場合は、意識が正常に保てないことからくる不安や恐怖から攻撃性が高まったり、自傷に走ります。根底にある動機が異なります。解離性障害は人格に不調をきたしているわけではありません。
境界性パーソナリティ障害の場合は感情的で対象にしがみつこうとするような態度ですが、解離性障害の場合は冷静で淡々としていて対象とも距離を取ろうとします。解離性障害の特徴が“自己の解離”ですが、境界性パーソナリティ障害の特徴は“スプリッティング”、つまり自己や他者の評価を良い=悪いとに極端に二分してしまうことです。人格を分けるか、対象の評価を分けるかの違いがあります。
解離性障害は人間に絶望して解離を起こしているので他者に対して淡々としているのに比べ、境界性パーソナリティ障害は他者への期待があるために攻撃的になるのでは、とも指摘されています。
境界性パーソナリティ障害では健忘は通常見られません。
4.パニック障害や強迫性障害
解離性障害も常に不安を感じていたり、動悸や不快感などが見られることがあります。
しかし、パニック障害や強迫性障害と違い、解離性障害では自己のまとまりが欠如していたり、記憶にも曖昧さがあります。
⇒「パニック障害とは何か?その本当の原因と克服に必要な5つのこと」
⇒「強迫性障害を克服するために知っておきたい9つのこと~原因、症状、チェック」
5.摂食障害
解離性障害では過食や拒食がしばしば見られます。解離性障害の半数近くに摂食障害が見られるとされます。過食のケースの方が多いようです。拒食は嫌な体験を削ぐようにして体重を減らし、過食は受け入れがたいさまざまなものをそのまま溜め込むようにして意識を変容させてやり過ごしている、ということが考えられます。
摂食障害でも拒食時に離人症状や過食時に健忘が見られますが、解離性障害を疑う視点が必要です。
⇒「摂食障害とは何か?拒食、過食の原因と治療に大切な7つのこと」
6.発達障害(アスペルガー症候群)
全体のつながりが失われたり、認知が歪んだり、発達障害は解離性障害と似ている部分が多いとされます。
発達障害でもファンタジーや、感覚過敏、記憶のシャッフルなど解離症状が見られます。
しかし、発達障害の場合は、コミュニケーションのインターフェースが独特なために起きる障害であり、解離性障害のように自己のまとまりが欠如しているといったことは基本的にはありません。
⇒「大人の発達障害の本当の原因と特徴~さまざまな悩みの背景となるもの」
5.解離性障害を治療するために大切な8つのこと
解離性障害の原因の中で
解離性障害の発症 = 外傷経験 + 本人の傾向 + 外傷を癒やす環境の欠如
と図示しましたが、解離性障害を解決することは、上記の要素にアプローチすることになります。
本人の傾向はすぐには変えることは難しいですから、環境と外傷経験に対して主として心理療法でアプローチすることになります。
特に、解離性障害は、関係性の中で生じた外傷(トラウマ)が抑圧されていることが特徴と考えられています。
そのため人間関係も含めた環境を改善することがとても重要です。
<本人を取り巻く環境を整える>
1.(本人や援助者は)解離という症状を適切に理解することが必要
本人も、症状があまりにも当たり前で独特なため、自分の症状が解離性障害であるとの意識が薄いまま過ごしていることも多い。援助する側も、解離性障害が本当にあるのか、いまいちピンとこず、診断の際に考慮しない臨床家も少なくありません。
家族や周囲も同様です。解離症状について詐病として疑ってしまうこともしばしばです。まずは本人がどういった悩みで苦しんでいるのか、前提なく理解しようとすることが大切です。
(参考)解離性障害という見立がむしろ悪影響を及ぼす恐れはないか?
解離性障害と捉えたり、多重人格を認めることで、症状が促進される(悪化する)恐れはないか、という懸念が持たれることがあります。確かに一時的に促進される可能性はあります。大部分のケースでは大きな問題にならないと考えられます。また、交代人格を固有名詞で呼んでも人格を固定化にはつながらないと考えられています。
このことは他の精神障害にも当てはまる懸念です。見立によっておさえられていた症状が制限なく発揮されることはありえますが、悪影響を恐れるよりも、率直に症状を把握することが適切な共感や対応を生み、解決を促進することになります。
2.援助する側と本人とが信頼できる関係を作る
解離性障害では、深刻な外傷(トラウマ)経験を負っている場合も多くそれらを口にできないために、解離を起こしていることがあります。適切な援助が必要です。
カウンセラーはもちろんですが、援助する家族なども、本人が症状や過去の外傷(トラウマ)経験を安心して伝えられるように批判なく受け止める姿勢が大切です。
悩んでいる本人だけでは治療が難しいため、医師やカウンセラーなど信頼できる専門家の援助を求めましょう。(残念ながら、専門家自体の数もまだ十分ではないという問題点はあります)
3.安心安全な環境を用意する/有害な刺激を取り除く
本人が置かれている環境が、ストレスフルな状況である場合はまずそれを除く必要があります。家族が虐待などの外傷(トラウマ)の原因であることもしばしばです。そこから離れなければ治療も進まないことも多い。その場合は、家から離れて一人暮らしや入院を考える必要もあります。家族にカウンセリングを受けてもらい、対応を変えるように促すことも大切です。
一人暮らしや転職など環境を変えることは現実的には容易ではないことも多い。少なくともカウンセリングの現場では本人にとって安心安全な場を提供することが必要です。
4.交代人格や解離症状に興味を持ちすぎない
本人やサポートする側の家族が解離がもたらす症状に興味を持ちすぎてしまい、それが治療の妨げとなることがあります。交代人格について克明に記録したり、興味本位で呼びだそうとしたり、解離の世界の不思議にのめり込んだり、といったことです。
サポートする側の家族が医師などに対抗心を燃やして、治療の妨げになるということもあります。本人の苦しみを理解するために一定程度の理解は必要ですが、関わりが過度になり過ぎないことが大切です。
5.解離症状の世界や、オカルト的、宗教的な解釈にのめり込まない
解離はとてもドラマティックな現象です。オカルト的なさまざまな解釈も可能ですが、そこにのめり込んだり、関連する書籍やインターネットを見るのもほどほどにしましょう。没入してしまうことは治療の妨げになります。
<外傷経験を癒やす>
6.過去を上手に吐き出す。無理に直面化しない
過去のつらい出来事がカウンセラーや医師によって共感されて受け止められることで、徐々に症状が回復していきます。切り離した記憶も少しずつ思い出していきます。
特に、虐待などの体験を「誰にも言ってはいけない」と制止されたり、「そんなこと言ってはいけません」と取り合ってもらえない、自己表現の抑制と呼ばれる状況が解離性障害のトリガーとなると考えられています。
そのため、過去をうまく吐き出して受け止めてもらうことはとても重要です。
ただ、吐き出しを急ぎすぎたり、虐待体験への直面にこだわりすぎることは負担が大きいため、本人のペースに合わせることが必要です。過去のことを無理に思い出すことよりも、安心安全な環境を確保することのほうが大切です。
また、トラウマケアなど、トラウマの出来事そのものを思い出さなくても解消できる方法もあります。
⇒関連する記事はこちら
「トラウマ、PTSDとは何か?あなたの悩みの原因と克服」
7.無理に交代人格を呼び出したり、統合しようとしない
人格が分離していることに対して、無理に統合をしようとすることは逆効果です。交代人格が生じるのは、自己表現が抑制され、安心できる環境にはないために生じています。交代人格は無理に統合するのではなく、環境を整えることや過去を癒すことで自然と収まっていきます。
<その他>
8.薬物療法は効果があるタイプとないタイプがある
解離性障害は脳の機能障害ではないこともあり、薬物療法は解離症状を弱めてカウンセリングを支援するために行います。
さまざまな症状の中でも「緊張」と呼ばれる、不安が強く興奮している症状(過敏、幻覚、不安、抑うつなど)には抗うつ剤、抗不安薬などが効果があります。衝動性に対しては抗精神病薬(リスペリドンなど)や気分安定薬(バルプロ酸など)などを用いることもあります。暴力的な交代人格が現れるのを抗精神病薬で緩和することも効果があるようです。
一方、「弛緩」と呼ばれる症状(隔離、離人症状、けん怠感、まひなど)についてはあまり効果がありません。幻聴についてもあまり効果がないとされます。薬物を用いる場合は短期間で少量であることが望ましいとされます。
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(参考)
細澤仁「実践入門 解離の心理療法」(岩崎学術出版社)
柴山雅俊「解離性障害」(筑摩書房)
柴山雅俊「解離性障害のことがよく分かる本」(講談社)
岡野憲一郎「多重人格者」(講談社)
岡野憲一郎「解離性障害」(岩崎学術出版社)
岡野憲一郎「続 解離性障害」(岩崎学術出版社)
岡野憲一郎「新外傷性精神障害」(岩崎学術出版社)
F・パトナム他「多重人格障害-その精神生理学的研究」(春秋社)
F・パトナム「多重人格障害―その診断と治療」(岩崎学術出版社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
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