さまざまな悩みの根本原因となる「トラウマ(Trauma)」。例えば、うつ、不安といったことでも、少なくないケースがトラウマに起因することがわかっています。トラウマについて理解することは、悩み解決にとって必須です。
医師の監修のもと公認心理師が、トラウマとは何か、についてわかりやすくまとめてみました。ご覧ください。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
「あなたの仕事がうまくいかない原因は、トラウマのせいかも?」
「【保存版】災害(震災、水害、事故など)時の心のケアと大切なポイント」
<作成日2015.11.23/最終更新日2023.5.18>
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この記事の執筆者みき いちたろう 心理カウンセラー(公認心理師) 大阪大学卒 大阪大学大学院修了 日本心理学会会員 など シンクタンクの調査研究ディレクターなどを経て、約20年にわたりカウンセリング、心理臨床にたずさわっています。 プロフィールの詳細はこちら |
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
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管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考に記述しています。
可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・トラウマとは何か?
・トラウマにより生じる主な症状と診断
・何がトラウマ経験(原因)となるのか?
・トラウマを解消するための必要なポイントと主要な治療方法
トラウマとは何か?
ストレスによる機能障害~私たちにとって身近なものであり、軽度から重度までスペクトラム状をなすもの
「トラウマ」というと、どこか劇的で自分からは縁遠いもの、という印象を与えてしまうかもしれません。しかし、トラウマというのは、簡単に言えば「ストレスによる機能障害」のことを指します。スペクトラムをなしていて、軽度であれば日常の私たちは誰でも経験しています。中程度以上になると、「適応障害(ストレス障害)」となり、重度のものを「急性ストレス障害」「心的外傷後ストレス障害」や「解離性障害」などと診断されます。あるクリニックでは、来所する9割はストレス障害であるとされます。それほど身近な症状です。
→「適応障害とは何か?~本当の原因、症状と治療、接し方で大切なこと」
→「解離性障害とは何か?本当の原因と治療のために大切な8つのこと」
人間も含む動物は、ストレス応答のいき値を超えるストレスを受けると、自律神経系、免疫系、内分泌系に失調をきたします。そして、情動、覚醒水準、認知、身体、記憶、などの領域に影響を及ぼし、さまざまな症状、生きづらさを引き起こします。
下記にくわしく書きますが、災害、レイプなど一時に非常に強いストレスを受けるものを「単回性(トラウマ)」、長期にわたってじわじわとストレスを受け続けるものを「複雑性(トラウマ)」とよびます。
人間のストレス応答系(自律神経系、免疫系、内分泌系)は、長期のストレスに対処するようには作られていないとされます。そのため、一見、緩やかに見えるストレスであっても長期にわたった場合はPTSDと変わらないような重度の機能障害を起こすことも珍しくありません。
トラウマのもう一つの特徴~ハラスメント
ストレス障害とあわせて、トラウマを理解する上でもう一つ大切なことは、「トラウマとは、ハラスメントである」との捉え方をすることです。トラウマによって長く苦しむケースでは必ずとよいほどハラスメントの影響が見られます。
ハラスメントに関する研究は、アメリカの人類学者グレゴリ・ベイトソン(Gregory Bateson)が発見した「ダブル・バインド」という概念が端緒となります。ダブル・バインドは「二重拘束」と訳されますが、矛盾するメッセージが同時に寄せられた結果、人間の自由な精神活動が妨げられる現象を指します。
ベイトソンはこれを精神障害の原因としました。例えば、親子間や、パートナー間、上司部下の間で、自己都合や不全感から行っている言動にもっともらしい理屈をつけて相手に従わせることなどがそれにあたります(偽ルール)。
無意識や身体は相手の理不尽を感じ取っているのに、意識ではもっともな理屈を付けられるために従わされてしまうのです。ハラスメントとは簡単に言えばこれが繰り返されることです。被害者は徐々に自分の感覚を信じることができなくなり、社会からも切り離され相手に支配されてしまうのです。
事故、災害、戦争といった惨事やレイプなどいわゆる単回性のトラウマでも長く苦しむケースでは、社会的なサポートの不足やセカンドハラスメントによって同様の構造が見られます。ハラスメントとは、心理面におけるトラウマの大きな特徴をなしています。
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トラウマの中核は”自己の喪失”~トラウマは ”自分らしくあること” を奪い、生きづらさを生む
トラウマによる影響の中核は”自己の喪失“です。トラウマは、自分らしくあることを奪い、例えば、下記のような様々な症状、生きづらさを生じさせます。
・自分らしく落ち着いてふるまうことができない
・自信のなさ、スティグマ感
・能力、パフォーマンスを低下させる
・対人関係がうまくいかなくなる。相手からバカにされたり、支配されてしまう
・時間の流れ、発達を止めてしまう
・連続性の欠如~いつも非常事態モードで、物事が積みあがらない。日常が楽しくない
・感情調節や行動の障害を引き起こす
・自らトラウマを再演する
・依存症(し癖)を引き起こす
・理解してもらえない
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記憶の失調という現象~時間を止める「冷凍保存された記憶」
トラウマ(Trauma)について理解する際にもう一つの視点は、記憶の失調として理解することです。
通常の記憶は、扁桃体で感情的な重み付けをされて、海馬で整理されて、格納されていきます。しかし、あまりにもストレスの程度が高い出来事は、扁桃体が過剰に反応しすぎてしまい、海馬で処理ができず、記憶が断片化して意識下に残ってしまいます。「冷凍保存された記憶」とたとえられます。
この「処理されなかった(できなかった)記憶」が”トラウマ”という現象を引き起こすと考えられています。あたかもタイムマシンのように物理的な時間は経過していても、トラウマの記憶は常にフレッシュなままで本人は常に過去に生きているような状態です。
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参考)→「トラウマ記憶の特徴」について
トラウマには大きく2種類存在する
トラウマには、
1.単回性トラウマ:事件、事故、レイプなど単発の大きなストレス
2.慢性反復性トラウマ(複雑性トラウマ):いじめ、虐待、ネグレクトなど、繰り返し、長期に渡るストレス※
という分類があります。
※家庭、学校、職場内の緊張などささいなことでも長期で継続されればトラウマとなりえます。
単回性トラウマももちろん問題ですが、本人が自覚していないのですが複雑性にかかっているケースはとても多い。悩みを抱えている方のほとんどのケースで何らかのトラウマを負っているととらえても過言ではありません。
アメリカの精神科医ジュディス・ハーマンが、従来のPTSD概念では説明できない、長期にわたって個人が受けるトラウマを「複雑性PTSD」として捉えることを提唱しました。
トラウマにより生じる主な症状と診断
トラウマの特徴を7つの主な症状にまとめてみました。特に1~4が単回性のPTSDにおいて「中核的な症状」とされます。下記の1~4の中核症状すべてが1カ月以上続いている場合に「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」とされ、1カ月未満の場合は「急性ストレス障害(ASD)」と診断されます。ASDについては、特に解離症状があるかどうかが判断のポイントになります。私たちにとって一番身近な慢性反復性トラウマは、7.の症状に当てはまるかどうか?を特にご確認ください。
1.再体験(侵入)
トラウマ的な出来事が繰り返しよみがえり、体験されることです。
2.回避・まひ
「回避」とはトラウマの記憶を呼び起こすような環境を避けることです。トラウマ記憶によってもたらされる苦痛を感じることを避けるために、感情を切り離したり、無感覚となることを「まひ」と呼びます。
3.過覚醒(覚醒こう進)
常に緊張したような状態で、非常に過敏な状態です。
4.否定的認知や気分
自分や他者、社会に対してネガティブな認識や気分を持つようになることです。
5.解離
解離というのは、自我の統合が薄れることです。
6.その他、自信のなさ・無価値感、対人関係がうまくいかない、仕事がうまくいかない、など
私たちにとって本来身近なものは単回性のPTSDではなく、慢性トラウマです。1~4の単回性のPTSDの特徴はなかなか身近には感じづらいものです。
6.で挙げました「対人関係がうまくいかない」、「仕事がうまくいかない」といったことは慢性トラウマ(複雑性PTSD)においてはとてもよくみられる症状です。詳しくは下記のページなどを見て自分に当てはまるかどうか?確認してみてください。
→「あなたの仕事がうまくいかない原因は、トラウマのせいかも?」
第四の発達障害
そして、トラウマは発達障害にきわめて似た症状を呈することがわかっています。こうしたことを指して、「第四の発達障害」「発達性トラウマ障害」と呼ばれることがあります。発達障害と診断されているケースでも、実はトラウマ由来のものであることが多く含まれているのでは?と指摘されています。
⇒さらにくわしく知りたい方は
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参考)→ 「子どものトラウマ反応」について
何がトラウマ経験(原因)となるのか?
・ストレス応答系のいき値(脆弱性の変数)を超える経験がトラウマ
かつてはトラウマ経験とは鉄道事故や戦争など惨事を指しましたが、実際は虐待やネグレクト、いじめやモラルハラスメント、パワーハラスメント、何気ない日常の経験でもトラウマになりえます。
米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-IV-TR:Diagnosis of Statistics for Mental disorder)では、「危うく死ぬまたは重症を負うような出来事を1度以上、自分または他人の身体の保全に迫る危険をその人が体験し、目撃し、または直面すること」とされていますが、何気ない出来事であっても、本人のストレス応答系のいき値を超えるような場合、長期にわたる場合は、トラウマ経験となります。
ストレス(出来事) + 当人の感受性(レジリエンス) = トラウマ
という図式で理解されています。
・トラウマ経験とは何か?~夫婦げんか、暴言など家庭内の日常的なストレスこそがトラウマとなる
ある研究によると最も深刻なのは、「DVの目撃と暴言による虐待」の組み合わせだとされます。身体的虐待やネグレクトよりも強烈なインパクトがあるとされます。
特に、身体的なDVをよりも、言葉によるDVのほうがダメージは大きく、6倍近いとするデータがあります。(単語を理解する「舌状回」が減少します。)
日本では、罵り合うような夫婦げんかや子どもへの暴言などは虐待には含まれないようにとらえられていますが、「面前虐待」と呼ばれ、いわゆる虐待とされる行為以上のダメージがあることがわかります。
トラウマの原因を知る時に、いきなり「虐待」から入ってしまうと、どうしても、それ以外の問題をささいなことととらえてしまいます。本人も、周囲(場合によっては医師やカウンセラーも)も大したことない、よくあることだと考えてしまいます。しかし、日常的な夫婦げんかや暴言などはトラウマの大きな原因です。軽んじることはできません。
人間のストレス応答のメカニズムについての研究からも長期のストレスは機能障害を生むことが分かっており、ささいなことでも長期にわたるストレスはトラウマとなりえます。
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さらにくわしくお知りになりたい方はこちらをご覧ください。
参考)→ 「トラウマが身体に与える影響」について
トラウマを解消するための必要なポイントと主要な治療方法
・トラウマへの気づきを得る
1.トラウマのメカニズムを正しく理解する
トラウマとは何か?どういった症状が起きるのかを理解することが大切です。
メカニズムを正しく知ることで、無用な自責感にさいなまれたりすることを避け、適切な対処を行うことにつながります。メカニズムを知るだけでも、症状や生きづらさが軽くなります。
2.現在起きていることはすべてのことは“症状”である
今感じている生きづらさや不全感、緊張しやすい、ミスが多い、人とうまく行かない、イライラなど人に対して否定的な感情が離れない、といったこともトラウマから持たされていると考えられます。
症状であるということは、本来の自分のものではなく、改善されるということです。現在抱えている問題がトラウマによって引き起こされた症状であることを知ることは改善への一歩です。
・安心、安全な環境を確保する
3.環境を変える(環境調整)
トラウマを解消する、というと心理療法などアプローチ手法についつい目が行きがちですが、普段過ごす環境を変えることが何よりも大切です。
特に複雑性トラウマを受けた方に多いのですが、まじめで、我慢強く、すべてを自分の責任としてうけとめていることもあり、環境に原因があるとも知らずに、厳しい職場や家庭などに居続けてしまいがちです。
さらに、経済的な制約もあり自立ができない状況にある方。不適切な養育環境の中で、親との関係を断ち切ることができない方。パートナーと共依存のようなってしまっている方なども少なくありません。
トラウマを解消するためには、治療を受けながら、苦しい環境から少しずつ逃れていく必要があります。
4.本来の自分は大丈夫だと知る
トラウマを負った方は、理不尽な環境の中で「おまえが悪い」「おまえがおかしい」と罪悪感、自己否定感を刷り込まれてきています。これは事実ではなく外部からもたらされたストレスによって形成されたものです。自己否定感は事実ではなく、あなた自身ではありません。刷り込まれた負の暗示から抜け出すために何よりも大切なのは、「自分には罪はない」「本来の自分は何も問題なく、大丈夫だ」と知ることがとても大切です。
・トラウマを処理する
5.有酸素運動、十分な睡眠、栄養
最も大切なことは、栄養と睡眠をしっかり取ることです。これらが不十分なまま、心理療法や薬物療法を受けていてもよくなりません。栄養や睡眠が不十分であれば、その改善に取り組みましょう。
特に、近年、運動の効用が注目されています。トラウマを含め精神障害の改善にも高い効果があります。運動を通じて自分の身体感覚が戻り、自律神経系、免疫系、内分泌系といった身体の機能が回復すると考えられています。
手軽に行える運動にヨガやウォーキングなどがあります。ヨガは、トラウマの症状である過覚醒や情動調整を改善する効果があることがわかっています。マインドフルネスも免疫反応、血圧、うつ症状、慢性疼痛、情動調整、扁桃体の過活動、自己受容感覚、コルチゾール値の改善など、トラウマ関連症状全般に大きな効果があります。
6.トラウマケアを受ける
症状や生きづらさが強い場合は、トラウマケアを受けることも必要になります。トラウマケアにはさまざまな方法があります。暴露療法、EMDR、ソマティック・エクスペリエンシング、FAP療法、その他トラウマケア、など。簡単に言えば、感情の処理を促すものです。
トラウマを専門にする医師やカウンセラーはたいへん少ない状況です。専門となる病院やカウンセリングルームをお調べいただいて、ご自身の状況にあったものを受けることをおすすめいたします。
<主要な治療方法>
臨床の中でさまざまな取り組みがありますが、主要なものとして3つに分けてご紹介させていただきます。
1.トップダウン(主に思考や認知からのアプローチ)
認知行動療法(暴露法)、対人関係療法、内的家族システム療法、FAP療法、その他トラウマケア、など
2.ボトムアップ(主に身体からのアプローチ)
ヨガ、マインドフルネス、ソマティック・エクスペリエンシング、TFT、ボディ・コネクト・セラピー、EMDR、ブレインスポッティング、ブレインジム、ハコミセラピー、ニューロフィードバック、TSプロトコール、自我状態療法、ホログラフィートーク、など
3.薬物療法
薬物療法は、中核症状や併発症状の軽減のために用いられます。SSRIなどがその中心です。ただ、PTSDそのものを解決する薬はまだ存在しません。
精神科医の神田橋條治氏は、フラッシュバックに対しては、四物湯と桂枝加芍薬湯が有効で、これを合わせて1日1回~2回、ひどい人は3回飲ませると、フラッシュバックは1~2カ月で随分軽くなるとしています。漢方が嫌な場合は、エビリファイやオーラップも有効だとしています。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
「あなたの仕事がうまくいかない原因は、トラウマのせいかも?」
「【保存版】災害(震災、水害、事故など)時の心のケアと大切なポイント」
「トラウマ、PTSDとは何か?~さらにくわしく知りたい方のために」
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(参考)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など