前回から、人を気にするようなことはだいぶに減ってきたと思います。吃音も、お風呂で思い出したり、吃っても自分の言葉で話すようにしています。まだ吃りますが、以前は避けていた言葉も話せるようになってきました。
以前は避けていた言葉も話せるようになってきました。【大阪府 20代 男性】
前回から、人を気にするようなことはだいぶに減ってきたと思います。吃音も、お風呂で思い出したり、吃っても自分の言葉で話すようにしています。まだ吃りますが、以前は避けていた言葉も話せるようになってきました。
・汚い言葉を言ったり、毒を言ったり突然怒りがわいてくる現象についてはだいぶ収まりました。気持ちの面では安定し始めているように感じます。
少しずつ境界が出来てきてるのでは?と変化を感じています。【大阪府 40代 女性】
[過緊張気力の低下自己肯定感のなさ仕事関連家族関連対人関係]
数ヶ月前から、上司のあまりにも人を見下したり馬鹿にするような言動や態度に我慢ならなくなり、先日とうとう怒りを露わにしてしまいました。
すると、あれだけ威圧的だった上司が、機嫌を窺うような行動を取ってきたことに驚いています。
私も他人にここまで出来るようになったのか…もしかして、少しずつ境界が出来てきてるのでは?と変化を感じています。
ふざけんな!やられっぱなしでたまるか!と、もっと正しく怒れるようになりたいです。
この調子で進んで行けばいいなぁと思ってます。
[怒り、イライラ自己肯定感のなさ思考の偏り、歪み家族の機能不全トラウマ仕事関連家族関連対人関係]
・日々の気付きとして、「良い朝だな」「良い家(自宅)だな」とふと感じることが増えてきた。
・お客さんからお礼を言われる。自分が今こんな状況ではありますが、嬉しかったです。
本当にそうだなぁ、と思いました。 【神奈川県 40代 女性】
あとひとつ、気づいたことがありました。
「ほっとく」じゃなくて、「見守る」という視点で…というお話があったと思いますが、本当にそうだなぁ、と思いました。私は家族に対して「この人達って問題があるのに見ようとしない」「いつもほっとく」っていう思いがあったことに、気づきました。それで、責任を問いたい気持ちになっている(「誰かが介入しなきゃいけない」「手遅れになったらどうするの」という気持ちにも)ことに気づきました。
またひとつ思ったことは、三木さんのブログで「過責任」という言葉を見ましたが、これは自分には当てはまらないな?と思ってましたが、「家を守ろうとした」というのは、過責任だったのかもしれませんね。でも誰もそれには気づいてくれず(当たり前…)誰にも認めてもらえないと思っていたのかもしれません。
私は「認めてもらいたい」という気持ちをずっと持って来たことに気づきました。それは「私の苦しみを認めてほしい」という思いです。動揺する自分が許せない、傷つく自分が嫌、強くありたいと必死に統制を取っていて、「苦しみを認めて欲しい」という自分の存在を、認めることが出来なかったのですね。苦しむなんて、この私がそんなわけない、みたいな思いがずっとあって、今まではっきり分かっていなかったです。